成瀬課長はヒミツにしたい【改稿版】
「成瀬課長、社長のサポートは秘書課の役目です。今後は水木さんではなく、私たちにお手伝いさせてください」
「成瀬課長、お願いします」

 すがるような目つきで見上げる女性社員に、さすがの成瀬も困った様子で社長に目をやった。
 社長は、笑いながら肩をすくめている。

「君たちも、申し出てくれてありがとう。今後もこの二人にサポートをお願いするかも含め、僕も少し考えたいと思ってるんです」

 社長の言葉に、真理子は「えっ」と驚いて顔を上げる。

 ――家政婦の仕事が、なくなるかも知れないってこと……?

「あの……」

 真理子が声を出した時、常務が軽く手を叩いた。

「さぁさぁ、これでこの話は終わりにしよう。ほらほら、君たちも業務に戻りなさい」

 常務の言葉に、フロア内はざわめきに包まれながら、いつもの空気感に戻っていく。

「社長、そろそろお戻りにならないと……」

 秘書の男性が社長に声をかけた。
 社長は秘書に軽く手を上げると、真理子に向き直った。

「ちょっと会合を抜け出してきちゃってね。真理子ちゃん。いつも乃菜から話は聞いているよ。本当に色々とありがとう。今度ゆっくり、今回のお詫びをさせてね」

 社長の爽やかな笑顔に、真理子はどぎまぎしながら両手を顔の前で振る。

「そんな、お詫びだなんて……。正直びっくりしましたけど。乃菜ちゃんのパパが、社長だったなんて……」
「そうだよね」

 あははと笑う社長の顔を見て、真理子はやっと納得する。

 ――あぁ、そうか。社長の笑顔は、乃菜ちゃんの笑顔と一緒だったんだ。

 社長は乃菜とそっくりな笑顔のまま、真理子に手を差し出した。

「改めて、澤井明彦(さわいあきひこ)です。澤井乃菜ともども、どうぞよろしくね」
「あ……」

 真理子は社長の手を取ろうとして、口をあんぐりと開ける。

「どうした?」

 成瀬が不思議そうな顔をした。

「そうだ。乃菜ちゃんの名前って“さわいのな”ちゃんでしたね……。全っ然、つながらなかった」

 真理子は、乃菜の園の持ち物に書かれた、ひらがなの名前を思い出し愕然とする。

「お前らしいな」

 優しく肩を揺らす成瀬の姿に、真理子は首を傾げる。

「いや。ああだこうだ深く考えるよりも先に、頼られたら人助けを優先する。……真理子らしいってことだよ」
「柊馬さん……」

 真理子は次第に赤くなる頬の熱を感じながら、成瀬の顔を見上げる。

 ――あぁ、やっぱり。私はずっと柊馬さんの側にいたい。家政婦は、辞めたくないよ。

「あの、社長……。今後の事って……」

 真理子が社長に声をかけようとした時、再び入り口の扉が大きく開かれた。

「おやおや、社長。まさか、これだけの騒動を引き起こしておいて『いいお話でした』で締めくくるおつもりですかな? 納得できませんなぁ」

 大きなだみ声と共に、フロアに入ってきたのは専務だった。

「専務。それは、どういう意味でしょうか?」

 社長の低い声に、フロアは再び緊張に包まれる。
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