成瀬課長はヒミツにしたい【改稿版】

小さな抵抗

「社長の特権ですなぁ。勤務外で自分の子供を、社員に面倒見させるとは。社員もいい迷惑ですよ」

 専務は秘書と顔を見合わせると、くくっと小刻みに肩を揺らす。

「社長が自身の秘密を公表したのですから、私が知っている秘密も皆さんに公表しておきましょう」

 専務はそう言うと、フロアの真ん中へと立った。

「社長は父親である先代から、認められた後継者ではありませんよ。なにせ結婚を反対されて、一旦は全てを投げ出して、恋人と駆け落ちしたくらいですからね」

 突然、暴露話を始めた専務に、フロア内はシーンと静まり返る。
 社長は小さく拳を握りしめ、立ち尽くしていた。

「勘当同然で出て行ったのに、先代が亡くなった途端、シングルになって、のうのうと戻ってくるとは」

 専務は大袈裟にため息をつく。

「イルミネーションライトの話とて、独断で決定して強引に進めてるじゃありませんか。今までの慣習はすべて無視して、引っかき回される社員の身にもなって欲しいものですな」
「専務。それは今ここで話す事ではないのでは?」

 成瀬の言葉に鋭い視線を向けると、専務はまたフロアを見回した。

「先代の意志を、本当の意味で継ぐのは誰か……と言いたいだけですよ。まぁ今回の件も、私はここにいる全員が、納得したとは思っていませんがね」

 専務はそう言うと、威圧的な顔で社長に目を向ける。

「まったく、子供も可哀そうなもんだ。母親もおらず、父親には育児を放棄され、社員が家政婦の真似事とは。まぁ、人様に迷惑をかけるのが得意な方の子ですからなぁ。期待しても、しょうがないですがね」

 専務の馬鹿笑いがフロア内に響き渡る。

「くっ」

 成瀬の小さい息遣いが聞こえるのと同時に、真理子は思わず専務の前に飛び出していた。

「専務! その言葉、訂正してください!」

 真理子は怒りでわなわなと震える拳を握りしめながら、思わず専務の前に立ちはだかった。

「何だ? 文句でもあるのか? 君だって被害者だろう?」

 専務はそう言うと、真理子の顔を覗き込む。

「私たち大人は、何と言われても構いません。でも……乃菜ちゃんの事を悪く言う事は、絶対に許さない」

 真理子はキッと、専務の目を見返した。

「なんだと!? お前、誰に向かって物を言っている!」

 専務のあまりの剣幕に、真理子は一瞬後ずさる。
 それでも拳をぐっと握り直し、また一歩前へ詰め寄った。

「真理子!」

 成瀬が小さく声を出し、真理子の肩を引き戻すように間に割って入った。

「柊馬さん、待ってください。これだけは言わせてください。許せない気持ちは、柊馬さんだって一緒でしょう?」

 真理子は成瀬の瞳を見つめながら、小さくささやく。
 成瀬はしばらく逡巡していたが、納得したようにうなずくと、口元をキュッと引き上げた。

「……そうだな。お前の言うとおりだ」

 成瀬は真理子の隣に立ち、専務の顔を鋭く振り返った。
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