成瀬課長はヒミツにしたい【改稿版】

絡み合う心

 成瀬は社長室に入ると、大きく息をつきながら、応接用のソファに腰を下ろした。
 あの騒動の後、フロア内は温かい雰囲気に包まれ、それぞれが業務に戻っていった。
 真理子もほっとした笑顔を見せると、成瀬たちに頭を下げ自分の席に戻って行く。
 成瀬はそれを見届けると、社長の明彦と共にフロアを後にした。

「柊馬、いろいろと悪かったな。連絡をもらった時点で、もっと手を打っておくべきだったと反省してるよ」

 秘書が一旦退席し、二人だけになった室内で、明彦が静かな声を出した。

「いや。俺も、ビラの件はともかく、専務がここまで騒ぎ立てるとは思ってなかった。最初から、橋本と専務はつながっていたのかも知れない」
「そう……これから厄介だな」

 成瀬は、デスクで腕を組む明彦の顔を見上げる。

「乃菜の事、あんな風に公表して良かったのか?」
「うーん。まぁ、いずれは公表するつもりだったし……」

 明彦はそこまで言うと、急にぷっと肩を震わせて笑い出した。

「どうした?」

 成瀬は怪訝な顔で首を傾げる。

「ううん。それより、まさか真理子ちゃんが、あんな風に庇ってくれるとは思ってもみなかったなって」

 明彦は、楽しそうに笑っている。

「あぁ。あいつは正義感が人一倍強いしな。それに時々、予想外に大胆になるんだよ。橋本に写真を撮られた時も、スマホを奪い取ろうとしてたし。まったく、心配で目が離せないよ」

 成瀬がため息をつきながら振り向くと、明彦はデスクの引き出しから一枚の写真を取り出した。
 それは今年の夏の夜、お祭りの(やぐら)の上で手を振る乃菜の写真だった。
 明彦は、乃菜の頭の上で光る王冠にそっと触れながら、静かに顔を上げる。

「そう言えば、佳菜(かな)もそうだったなと思って。向こう見ずで曲がったことが大嫌い。身体が弱いのに、ガキ大将にも向かって行って。よく俺たちはヒヤヒヤさせられたよね」
「あぁ……。そうだったな」
「今日ね、真理子ちゃんの事を見てたら、佳菜の姿と重なっちゃって。だからかな? 乃菜が真理子ちゃんの事、すごく気に入ってるんだよね」
「え……」
「乃菜も、どこかで感じてるのかも知れない。やっぱり、あの年齢じゃ母親が恋しいのは当然だよな。なぁ、柊馬。俺も再婚考えようかなぁ、なんてね」

 明彦はそう言うと、両手をぐっと上げて伸びをしながら、チラッと成瀬の顔を伺う。

 その時、コンコンと扉をノックする音が聞こえ、秘書の男性が顔をのぞかせた。

「社長そろそろ戻りませんと」

 明彦は慌てて腕時計に目をやる。

「うわ。さすがに、もう戻らないと……。柊馬。真理子ちゃんに、今後お詫びに食事に誘うからって伝えといて。じゃあ、あとの事、よろしくね」

 明彦はそう言うと、写真を大事そうに引き出しにしまい、バタバタと部屋を後にした。

「あぁ。わかった……」

 誰もいなくなった部屋で、成瀬の戸惑った声だけが、小さく聞こえていた。
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