成瀬課長はヒミツにしたい【改稿版】
 真理子は頬を赤く蒸気させながら、デスクに戻った。

「水木くん。格好よかったね」

 システム部長が、相変わらずぽよんとしたお腹を撫でながら、真理子に笑顔を送る。
 真理子は、えへへと照れ笑いをした後、自分のデスクの椅子に座った。
 ふと隣から視線を感じ振り返ると、卓也がじっと真理子を見つめている。

 ――前に、卓也くんに柊馬さんとのこと聞かれたとき、はぐらかしちゃったし。嘘ついちゃったようなもんだよね。

「卓也くん……。あのね……」

 真理子が声を出すのと同じタイミングで、後ろから甘ったるい声が聞こえてきた。

「水木さーん♡」

 真理子が振り返ると、数名の女性社員が笑顔を見せながら、こちらに向かってくる。

 ――柊馬さんの事、いつも噂している人たちだ……。

「はい……」

 若干身構えるように振り返った真理子は、それからしばらく女性社員たちに取り囲まれ、一躍社内の時の人となっていた。



「つ、疲れた……」

 真理子は思わず、ぐったりとデスクに突っ伏す。
 今日は昼間の一件以降、まったく気が休まらなかった。

 ビラ騒動に加え、社長と専務の対立が浮き彫りになったことは、少なからず社内に動揺を与えている。
 ただそれ以上に、特に女性社員を動揺させたのは“噂のクール王子”が初めて見せた笑顔だったようだ。
 あれから真理子はどこかで誰かに会うたびに、家政婦の事や成瀬の事について何度も話しかけられた。

 ――と言っても、答えられることは、ほとんどないんだけどね。

 ため息をついた真理子が目線を上げると、壁に掛かった時計はとっくに定時を回っている。

 ――今日はマンションに来なくて大丈夫って言われたけど……。あんな事があった後だから、帰りに寄ってみよう。

 真理子は人がまばらになったフロアで、一旦伸びをするとパソコンに向かい手早く仕事を片付けた。


「今日も、家政婦しに行くんですか……?」

 真理子がパソコンをシャットダウンしていると、隣から卓也の小さな声が聞こえてきた。

「う、うん……そのつもりだけど」

 真理子は遠慮がちに卓也を振り返る。
 卓也はパソコン画面から目を離さないまま、大きくため息をついた。

「今日、真理子さんが、つくづく恋愛音痴なんだって事がわかりました」

 あきれたような声を出す卓也に、真理子は少しむっとした顔をする。

「え? な、何よ。そんな事、自分でもわかってるけどさ……なんで急にそんな話するの?」

 卓也はあからさまに、鼻で笑った声を出す。

「ほんっと、真理子さんって鈍感すぎ」
「ちょっと! 何が言いたいのよ?」
「……じゃあ言いますけど」

 卓也は真理子の顔を、横から覗き込むように見上げる。

「色気出さないでくださいって、俺言いましたよね?」
「は? 私がいつ色気出したのよ! 何が言いたいのか、よくわかんないよ」

 真理子はつい声が大きくなり、慌てて周りを見回した。
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