成瀬課長はヒミツにしたい【改稿版】

知ってしまった秘密?

「全く、お姉ちゃんも世話が焼けるんだから」

 定時で会社を出た真理子は、そのまま姉の家の近所のスーパーへ向かっていた。

 広告代理店で忙しく働く姉は、夫と息子との三人暮らし。
 気楽に独身で過ごしている妹の真理子には、何かと用事を頼むことが多かった。

 『旦那じゃ、あてにならないのよ。真理子お願い。どうせ会社と家の往復だけ、してるんでしょ?』

 姉の言葉に眉をひそめながらも、頼られるとまんざらでもない気分になってくる。

「やっぱり私って、根っからのお世話好きって事!? 重症かも……」


 スーパーのカートを押しながら、はぁとため息をついた。
 夕飯時のスーパーは、会社帰りの人達で賑わっている。
 真理子は買い物のメモを見ながら、人々の間をすり抜けた。
 すると、後ろの方で小さい女の子の声が聞こえてくる。

「とうたん! リンゴ食べたい」
「リンゴ? えっと、どこかな……」

 低い男性の声も、遅れて聞こえて来た。

 ――保育園帰りかな? パパと買い物か。

 ぼんやりとそんな事を思いながら、くるくると店内を巡っていた真理子は、ぴたりと立ち止まった。
 目の前に立つのは、スーパーのカゴを手にしたスーツ姿の男性。
 横顔でもわかる、目を見張るほどのイケメンオーラ。

「な、成瀬課長……!?」

 裏返った真理子の声に、相手はぴくりと肩を動かすと、静かに緊張した顔を向ける。

 ――まさか、こんな所で出会うなんて……。

 真理子はドキドキし出す心臓を押さえるように、静かに会釈しようとして、再びぴたりと止まった。

「えっ!?」

 目線の先には、背の高い成瀬の足にすがりつくように立っている、可愛らしい女の子。
 女の子は、目を丸くして固まっている真理子に首を傾げた。

「とうたん。だぁれ?」

 ――と、とうたん……? とうたん……。

 しばらく脳内でぐるぐると回っていた言葉が、ぴかっと光って浮かび上がった。

「父たん!?」

 真理子はのけ反り、あからさまに動揺しながら上ずった声を出す。
 そして成瀬と女の子を交互に見たのち、くるっと背を向けると、ダッシュでその場を逃走した。

「ちょっと!」

 後ろから成瀬の呼び止める声が聞こえたような気がしたが、ここで振り返ってはいけない気がする。

「ど、どういうことー!?」

 真理子の声は、夜の住宅街にこだましていた。
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