成瀬課長はヒミツにしたい【改稿版】
「……専務?」

 秘書と共に、おもむろにこちらへ近づいてくる姿に、卓也は思わず目線を泳がせた。

「いやいや、遅くまでご苦労だね。ちょっと君に話があってね」

 専務はそう言うと、不敵な笑いを浮かべた。

「俺……じ、自分にですか……?」

 まだ新人の卓也は、専務と面と向かって話をすることなど、今まで経験したことがない。
 卓也は戸惑った顔つきのまま、その場に直立していた。
 専務は空いた椅子にドカッと腰を下ろすと、卓也に手で椅子をすすめる。
 卓也はちょこんと浅く、椅子に腰かけた。

「昼間は見苦しいところをお見せしたね」

 専務は大きく笑うと、髪を撫でつけた頭に手をやる。

「君の人事考課の評価表を、見せてもらったよ。君はなかなかに優秀だそうじゃないか」

 専務は手に持っている評価表をひらひらさせた。

「オンラインショップの立ち上げの時は、君がパイプ役になって取りまとめたそうだね」
「恐縮です……」
「それにしては……今一つ、評価が伴っていない気がするんだがね」

 卓也は専務の話の意図がつかめずに、小さく首を傾げる。

「元々は営業志望だったんだろう? どうかな。一つ私の仕事を手伝ってもらえないだろうか」
「え……? 専務の仕事をですか?」

 驚いた声を上げる卓也の顔を見ながら、専務は自分の顎に手をやった。

「君は昼間の一件を、どう受け止めたかね? 今、社長は自分の考えだけで社内をかき回しとる。イルミネーションライトだけを重視し、過去の付き合いは、いずれバッサリと切り捨てるだろう」
「え……」

 卓也は目を開くと、狼狽えるように小さく声を漏らした。
 専務は横目で卓也の顔をチラッと見ると、口元をいやらしく引き上げる。

「君の履歴書を少し見たが……君だって、このイルミネーションライト重視の方向性には、疑問を持っているんじゃないかね?」

 静かに畳みかけるように話す専務の顔を、卓也は固まったように見つめていた。

「……わかりました。自分でお役に立てるのでしたら」

 しばらくして小さく答える卓也に、専務は満足そうに目を細めてうなずいた。
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