成瀬課長はヒミツにしたい【改稿版】
「社長がここにいらっしゃるのが、まだ慣れなくて……」

 真理子は正面から社長を見て良いものか、居心地が悪そうに下を向く。

「そう? 俺は真理子ちゃんが、ここにいるのは、すごく自然だよ」

 社長は真理子のそんな様子は気にしていないようだ。

「そうですか……?」
「ずーっといて欲しいくらい!」
「え!?」

 真理子は社長のノリについていけず、戸惑ってしまう。

 ――社長ってこういうタイプだったの!?

 困惑する真理子をよそに、社長は身を乗り出して、真理子の顔を覗き込んだ。

「ねぇ、真理子ちゃんは彼氏とかいるの?」
「ま、まさか! い、いないですよ」

 真理子は背中を反らせると、両手を大きく振った。

「本当に? じゃあ好きな人は?」

 ワインのせいなのか、真理子の想像以上に社長はぐいぐい押してくる。

「好きな人は……」

 そう口に出した途端、頭に成瀬の顔が浮かび、真理子は一瞬口ごもった。
 すると社長が椅子をガタっと鳴らしながら大袈裟にのけ反り、真理子はビクッと肩を揺らす。

「あっ、好きな人いるんだぁ。そっかぁ。はぁ……」

 社長は、あからさまにがっかりした顔を見せると、テーブルに突っ伏した。
 真理子はその様子にぎょっとして、慌てて顔の前で手を振る。

「いるって言うか、いたんです! でも、つい最近、失恋しちゃって……」
「えっ? そうなの!?」

 真理子の言葉が言い終わるか終わらない内に、勢いよく顔を上げた社長が、食い気味に声を出す。

「はい……結構、その、落ち込んでます」

 社長は「うーん」とうなると、顎に手を当てて何か考え込んでいる。

「真理子ちゃんが弱ってるところに、付け入るのは悪いんだけど……」

 しばらくして社長は上目づかいに真理子を見つめた。
 真理子は首を傾げる。

「ねぇ。真理子ちゃん。俺たちと家族ごっこしない?」

 まるで悪戯をする子供のように、にやりと笑った社長の瞳は、透き通っていてきれいだった。
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