成瀬課長はヒミツにしたい【改稿版】
 社長は真理子の顔をじっと見つめている。

「こういう時ね。乃菜は、絶対にわがまま言わないんだよね」
「乃菜ちゃんは、頑張り屋さんですもん……」

 真理子は社長の視線にドギマギし、再び手を動かしながら声を出した。

「乃菜はさ、俺には欲しい物だって滅多に言わない。だから珍しいんだ……」
「え?」

 真理子は、社長がなにを言おうとしているのかわからない。
 真理子がそっと顔を上げると、社長は真理子ではなく、成瀬の横顔をじっと見つめていた。

「乃菜が初めてはっきり俺に、欲しいって言ったんだ……」

 社長の言葉は聞こえているはずだ。
 それでも成瀬は、手元の資料に目線を落としたまま、何も言わなかった。
 それからしばらくして、真理子はパソコンのセッティングを終わらせた。

「もう一度、データ抽出のログの確認からだ」

 成瀬の低い声が響き、真理子は緊張気味にうなずいた。



 その頃専務室には、上機嫌な専務の顔と、ニヤつく橋本の顔があった。

「会見は、三日後に決まったようですね」

 専務は「ふん」と鼻を鳴らすと、椅子にふんぞり返りゆっくりと顎を撫でた。

「あの若造への、せめてもの花向けだ。豪華な会場を用意してやったさ」
「まったく専務はお優しいんですから。それはそうと……」

 橋本が辺りを気にしたのち、声をひそめる。

「新聞社にも書き込みがあったとか……」

 心配そうな声を出す橋本を一瞥すると、専務は再び鼻を鳴らす。

「どうせ掲示板を見た誰かが、不安になって通報したようなもんだろう。気にするな」

 橋本はほっと胸を撫で下ろすと、遠慮がちに専務を上目遣いで見つめる。

「ところで専務……。約束はお忘れでないですよね……?」
「約束? お前を生産工場から、本社へ戻すアレか?」
「そうです、そうです。もう工場勤務はこりごりで……。土地柄、冬は寒いですし」

 橋本の声に、専務はガハハと笑い声を立てる。

「もう少しの辛抱だわい」

 二人の笑い声は、部屋の外にまで響き渡っていた。
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