成瀬課長はヒミツにしたい【改稿版】

証拠探し

 社長はデスクの椅子に腰かけたまま、窓の外を眺めていた。
 真理子は成瀬の隣につくように、デスクの前に立つ。

「まさか、ここまで大きな騒動を起こすとはね……。相手は本気で、俺をつぶしに来てるってことか……」

 社長は独り言のようにつぶやくと、真理子たちを振り返った。
 普段は茶目っ気たっぷりな社長が、今は厳しい顔をしている。


「柊馬、真理子ちゃん。これ以上、いたずらに顧客を不安にはさせられない。三日後に会見を開くよ」

 社長の言葉に、成瀬が小さく息を吸う音が聞こえた。

「三日後!?」

 真理子も思わず声を出し、慌てて口元を覆う。

 ――そんなの……。専務の思う壺なんじゃ……。

 社長は真理子の心を読んだかのように、にっこりと笑うと、真理子と成瀬を交互に見た。

「もちろん。俺だって、ここで辞める訳にはいかない。でも騒動を長引かせることは、会社にとってダメージが大きすぎるんだ」

 社長は立ち上がると、静かに頭を下げた。

「二人には、この三日間で、可能な限りの調査をお願いしたい。俺に力を貸して欲しい」

 頭を下げながらそう言う社長の姿に、真理子は胸が締め付けられそうになる。
 シーンと静まり返った室内に、空調の音だけが響いていた。

「もし調査の結果、何も見つけられなかったとしたら……?」

 しばらくして、成瀬が社長の瞳をじっと見つめながら声を出す。

「その時は……」

 社長はそう言いかけると、ふと壁にかかった額縁に目をやった。

 “全員野球“

 筆で書かれたそれは、きっと先代が書いたものだろう。
 額縁を見上げる社長の拳が、かすかに震えている。
 すると社長は、静かに成瀬に目線を戻した。

「その時は……柊馬。お前たちに、この会社を託す」

 固い決意をにじませた瞳で、社長は成瀬を見つめている。
 成瀬は何も言わず、静かにうなずいた。
 真理子は、両手をぎゅっと胸の前で握りしめたまま、そんな二人の様子を見守っていた。


 その後、真理子と成瀬は社長室にパソコンを持ち込み、調査のための準備を始めた。
 ここでログを確認している事など、他の社員、ましてや専務には知られてはならない。
 真理子は身を隠すように、社内を移動した。

 相変わらず社内は顧客や取引先からの問い合わせが後をたたず、混乱が続いている。
 社長から社員へ、何の説明もない状況に、少なからず不満は募りだし、それを専務が煽っている様子も見え隠れしていた。

 ふと真理子は、パソコンの配線を繋ぐ手を止めると、取引先への電話を終えて息をつく社長を見上げた。

「あの、乃菜ちゃんは大丈夫ですか?」

 真理子の心配そうな目線に気がつくと、社長は疲れた顔を隠すようにほほ笑む。

「とりあえず、しばらくは親戚の家に預かってもらうことにしたんだ。バタバタして、乃菜を不安にさせたくないしね」

 真理子の脳裏に、乃菜のにっこりとほほ笑む顔が思い浮かんだ。

「乃菜ちゃん、寂しがってるかも知れないですね」
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