成瀬課長はヒミツにしたい【改稿版】
「あの人、いっつもパソコンばっか見てたからねぇ。でもあたしは、そういうのわかんないのさぁ。今だって、どこほっつき歩いてるんだか、さーっぱり」

 田中さんは大きくため息をつくと、仁王立ちになって腰に手を当てる。

 ――今、橋本部長が本社にいることを、誰も知らないんだ……。

 その時、田中さんの後ろから、つぶやくような小さい声が漏れ聞こえた。

「あぁ? なんだって?」

 田中さんが、後ろを振り返る。
 声を出したのは、手にカップを持っている若い男性だろうか?
 真理子は田中さんの後ろを覗き込んだ。
 すると、前髪で顔がほぼ見えない色白の男性が、うつむきながら何かを田中さんに言っている。

「あぁ? なに? ユウエスビイっていうの? それ、持ってたんだって! 黒くて小っちゃいやつ」

 田中さんは、男性が言ったことを伝言するように、首を傾けながらこちらを見た。
 その言葉を聞いた途端、思わず前のめりになった真理子は、成瀬と顔を見合わせる。

「USB……?」

 成瀬がつぶやくより早く、真理子は入り口に駆け寄った。

「すみません。中で詳しく聞かせてください!」

 真理子は男性の腕をつかむと、グイっと事務所に引き入れた。
 まだ学生のような印象の男性は、恥ずかしそうに真理子の手を振りほどくと下を向く。

「彼はアルバイトの中野くんです。パソコンとか詳しくってね、この工場じゃ若い子は珍しいから、みんな頼りにしてるんですよ」

 成瀬は工場長の声にうなずくと、中野と呼ばれた男性に向き直った。

「さっきの話をもう一度、詳しく聞かせてもらえますか?」

 成瀬と真理子に詰め寄られ、中野はサッと目を逸らす。
 そして下を向いたまま壁際に歩いていき、カップを電気ポットの棚に置いた。

「……何か、保存してましたよ。USBに……」

 中野は真理子たちに背中を向けたまま、ぽつりぽつりと話し出した。

「あの人、いつもパソコン見てるから、何してるんだろうって気になって……。休憩の時に、こっそり後ろから覗いたんです……。そしたらメール画面が見えて」
「メール?」
「なんかのリンク先のURLが貼られてたんです……。そんなメールよくあるし、気にもしてなかったんですけど」

 ――まさか、そのURLって……?

 真理子は息をのんで、中野の次の言葉を待つ。
 中野は静かに、真理子たちを振り返った。

「そしたら、リンク先からフォルダにとんで。何かのファイルを、ダウンロードしてました……」

 中野の言葉に、真理子は思わず天井を仰ぐ。
 隣では、成瀬の深い息づかいが聞こえた。

「すみません。パソコンお借りできますか?」

 真理子は工場長に手短に伝えると、すぐにパソコンの電源を入れた。

 ――このパソコンの、ログイン方法は一つしかない。橋本部長も、他のみんなと同じように、ログインして使っていたはずだ。

 真理子はまずメールソフトを立ち上げる。
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