成瀬課長はヒミツにしたい【改稿版】
「だってさぁ、成瀬さんって、いっさい笑わないでしょう? そりゃ、ここに来た時はみんなに気を使って、柔らかい表情してるみたいだけどさ。いつも気が張ってるっていうかね」

 そう言いながら、田中さんは首をすくめる。

「まぁ、なんとなくわかります……」

 真理子の頭に“クール王子”と呼ばれていた成瀬の顔が浮かんだ。

「成瀬さんはさぁ、いい男だし仕事もできる。でもあの眼鏡の奥の瞳が、あんなに笑ってるのは、今まで一度だって見たことないよ。だから、あんたは特別なんじゃないかって、思ったんだけどねぇ」
「……特別?」

 真理子は前に、乃菜から同じようなことを言われたことがあったと思い出す。

 ――でも結局、特別なのは私じゃなかった……。

 田中さんはもう一度、真理子の顔をじっと覗き込んだ。

「ちょっと、待っといで」

 そして田中さんは片手をあげると、事務所の外にすたすたと歩いて行く。

「あんたに、これあげる」

 しばらくして戻って来た田中さんが、真理子の目の前に何かを差し出した。
 真理子はその手元を、まじまじと覗き込む。

「これ、もしかしてさっきのステッキ……?」

 田中さんが握っていたのは、さっきまで入り口のスペースで検品していた電飾玩具だった。
 真理子は、そっとそれを受け取る。
 スイッチを入れると、ステッキの先のハート型が色とりどりに光りだした。

「女の子の夢が叶う、魔法のステッキだよ。大丈夫、工場長には許可もらってきたからね」

 田中さんは、にっこりとほほ笑んでウインクする。

「まぁ、がんばんな! 若いっていいねぇ」

 田中さんは豪快にそう言うと、真理子の肩を強く叩き、さっと事務所を出て行った。
 真理子は殺風景な事務所の壁に、ピカピカと映るライトをじっと眺める。

 ――私……もう少し頑張ってみても、良いのかな?

 真理子はステッキをぎゅっと握りしめながら、田中さんの後ろ姿を見送っていた。


 真理子たちが工場を出た時は、外はもう真っ暗になっていた。
 さっきから成瀬は考え事をしているのか、ずっと黙ったままだ。
 寒々とした駅のホームには誰も立っていない。
 しばらくして時刻表通りに到着した電車に、真理子は成瀬の後を追うように乗り込んだ。

 四人がけのボックスシートに、成瀬と二人、隣同士に座る。
 成瀬のスーツの肩が髪に触れ、真理子はドキッとして下を向いた。
 電車はゆっくりと発車し、スピードが上がったカーブで、真理子は思わず成瀬に寄りかかってしまう。
 それでも口を開かない成瀬を、真理子は首を傾げながらそっと見上げる。

「電話で、何かあったんですか……?」

 真理子は上ずる声を隠すように声を出した。

「……橋本が、姿をくらました」
「え……」

 真理子は予想もしなかった話に、驚いて目を見開く。
 真理子たちがここに来る前は、我が物顔で本社を闊歩(かっぽ)していたはずだ。
 それがまさか、この短時間で姿を消したとは。
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