成瀬課長はヒミツにしたい【改稿版】
「常務の話によると、俺たちが本社を発った後から、姿が見えなくなったそうだ。佐伯と橋本の二人共、明日の会見が終わるまで姿を隠すように、専務が指示したのかも知れないな……」

 成瀬は深く息を吐くと、背もたれに頭を押し当てるように天井に目を向ける。

「そんな……やっと証拠をつかんで、あと一歩で追い詰められたのに」

 真理子は、膝の上の両手の拳を、ぎゅっと握り締める。

「相手の方が、一枚上手だった……ってことか」

 上を向いたまま静かに目を閉じる成瀬を、真理子はそっと見上げる。

「社長は……何と?」
「とりあえず明日の会見では『今わかっている、事実を説明する』とだけ言ってた」
「社長の責任は、すぐに追及されるんでしょうか?」
「今の状況で辞めても、逃げたと言われかねない。自分の責任は、この件が解決してから決めると言って、引き延ばせれば良いんだがな」

 成瀬は肘掛に肘をつくと、こめかみを軽く押さえる。

「佐伯の方は?」

 成瀬が顔を向け、真理子は小さく首を振った。

「そうか……」

 成瀬はそこまで言うと、はたと口を閉じる。
 そのまま、二人の間には長い沈黙が続いた。
 シートからは心地よい振動が伝わってくる。
 真理子はシートのヒーターの熱に、だんだんと眠気に襲われて、目が(うつ)ろになっていた。
 成瀬はくすっと笑うと、真理子の顔を覗き込む。

「真理子も疲れただろ? 起こしてやるから、しばらく寝てろ」

 成瀬はそう言うと、真理子の頭をぐっと背もたれに押しつける。

「でも、こんな大変な時に……」

 ――それに……もう少し、柊馬さんと二人の時間を、感じていたい……。

 真理子は夢と現実の狭間でそうつぶやくと、そのままコトンと寝てしまった。


 成瀬は、自分の肩に寄りかかって眠る真理子の髪をそっと撫でる。

「ここまで突き止められたのは、真理子がいたからだ。本当に、無理やりお前を家政婦にしてから、苦労をかけるな……」

 耳元でささやく成瀬の吐息がくすぐったかったのか、真理子が目を閉じたまま、ふふっと笑った。

「前にもこんな事があったな。お前は、本当に面白いよ……」

 成瀬は真理子の肩に手を回すと、そのままぎゅっと真理子の身体を両手で抱き寄せる。

 『どうも真理子ちゃんは、勝手にお前に失恋したと思ってるらしいんだよね』

 明彦の言葉が頭をよぎり、成瀬は強く目を閉じた。

 ――そのまま気がつかなければいい。明日の会見が終われば、明彦の立場は必ず悪くなる。あいつと乃菜の側にいて、支えられるのは真理子だけだ。

 ふと真理子の鞄から、田中さんにもらったステッキが覗いている。
 ステッキのスイッチは押されたままだったのか、色とりどりのライトが光っていた。
 成瀬はぐっと、真理子を抱きしめる手に力を入れた。

「真理子だけだったよ。俺が笑顔になれたのは……」

 成瀬はそうつぶやくと、真理子の髪に顔をうずめるように、優しく頬にキスをした。
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