成瀬課長はヒミツにしたい【改稿版】
「明彦……? お前、まさか……」

 静かに社長の言葉を聞いていた成瀬が、はっとして腰を浮かす。
 それを見て、社長はおどけるように両手を振った。

「大丈夫だよ、柊馬。俺だって、血迷って発言したりしないから」

 社長の笑い声が、静かすぎる部屋に響く。

「じゃあ、行ってくる」

 社長は後ろ手に片手を上げると、振り返ることなく出て行った。
 バタンと扉の閉まる音が聞こえる。

「どうして……」

 真理子はスマートフォンを握りしめた両手を、額に当てながらうつむいた。
 常務が「よいしょ」と、声を出して重い腰を上げる。

「私は社員のみんなと一緒に、中継を見てくるよ。社長の誇らしい姿を、ちゃんと先代にお伝えしなきゃいかんからね」
「……常務」

 真理子はいつもよりも小さく見える、常務の背中を見送った。

 成瀬と二人、音のない部屋で固まったように画面を見つめる。
 途方もなく、長い時間が過ぎたような感覚が真理子を襲っていた。
 その時、廊下で足音が聞こえた気がして、真理子は扉を振り返る。

「どうした?」

 思わず立ち上がる真理子を、成瀬が見上げた。

「今、足音が聞こえた気がして……」

 真理子は走って入り口に向かうと、勢いよく扉を開ける。
 今にも崩れそうな姿で、扉の前に立ち尽くしていたのは卓也だった。



 卓也はソファに腰かけ、頭を垂れるようにうつむいている。
 膝の前で握った両手が、小さく震えていた。
 真理子は言葉を失い、ただ固まって正面に座る卓也の様子を目で追った。

「お前……今、何て言った……?」

 しばらくして、成瀬が自分の思考を整理するように、片手を額に当てると、ゆっくりと口を開いた。
 その声に、卓也は静かに顔を上げると、まっすぐに成瀬を見つめる。
 その瞳には、もう迷いの色はなかった。

「それが……事実……?」

 真理子は茫然としながら、思わず両手を口元に当てた。
 今、目の前で聞いた話を、まだうまく処理できていない。

「真理子……」

 突然、成瀬に名前を呼ばれ、真理子ははっとして我に返る。

「今すぐ……会見会場に走れ!」

 成瀬は卓也を見つめたまま、まっすぐに腕を伸ばし扉を指さした。

「は……はいっ」

 真理子は叫ぶと、(せき)を切ったように扉を押し開けて、会場に向かって走り出した。
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