成瀬課長はヒミツにしたい【改稿版】

会見のはじまり

「さぁ、若造。何を見せてくれる?」

 専務は会場の一番後ろで、にやついた口元をゆっくりと撫でる。
 会見の開始時間はもう目前だ。
 腕時計に目をやったその時、慌てた様子で扉を押し開けた人物に目を見張った。

「せ、専務……」

 息を切らしながら、青い顔で入ってきたのは橋本だった。

「お前! 何やってるんだ! しばらく身を隠しておくように、きつく言っただろうが!」

 専務は声を押し殺すように橋本に告げると、鋭い目で睨みつける。

「そ、それが……」

 橋本は動揺を隠せない様子を見せると、震える手で専務の耳元に手を当てようとした。
 その瞬間、会場の電気が暗くなり、正面にスポットライトが当たる。
 司会者のアナウンスが流れ、堂々とした出で立ちで社長が現れた。
 社長は会場内に一礼すると、座席の前に立ち、おもむろにマイクを取り上げる。

「本日はお忙しい中、お集まりいただきありがとうございます。この度は弊社の“顧客情報 漏洩疑い”の件で世間をお騒がせし、顧客の皆様を不安にさせたこと、心からお詫び申し上げます」

 社長は一旦、深々と頭を下げる。
 会場内はしーんと静まり返り、カメラのシャッター音だけが響いていた。
 広報部が撮影するビデオカメラの奥では、サワイライトの社員たちも、固唾(かたず)をのんで見守っている事だろう。

「この度の騒ぎの報告を受け、弊社で十分に調査を致しました結果……」

 社長は静かに目を閉じた。
 そして短く息を吸うと、力強く目を開く。

「その結果“顧客情報漏洩の事実はない”ことが、判明いたしました」

 社長の言葉に、会場内は一瞬静けさに包まれたのち、一気にざわつき出す。

「一体……どういう事だ……!?」

 会場の一番後ろで聞いていた専務は、驚愕した様子で目を見開いた。



 真理子は控え室で、社長の帰りを祈るような気持ちで待っていた。

「どうか社長を、サワイライトを守って……」

 目を閉じて両手を合わせると、何度も何度も小さくつぶやく。
 真理子がホテルに駆け込んだ時、社長はまさに会見会場の扉に手をかけている時だった。

「社長! 待ってください!」

 真理子は大声で叫びながら駆け寄ると、社長の手を握って取っ手から引き離す。
 息を切らしながら事情を説明する真理子に、社長は一瞬目を丸くしていたが、優しくほほ笑みながらうなずいた。

「わかった。知らせに来てくれて、本当にありがとう」

 社長はそう言うと、真理子の頬に優しく手で触れた。
 真理子は両手をぐっと握ると、社長に向かって力強くうなずく。

「行ってくる」

 社長はそう言い残すと、会場の扉をぐっと押し開け、颯爽と入って行ったのだ。
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