成瀬課長はヒミツにしたい【改稿版】
 コンコンと再び扉をノックをする音が響き、真理子は慌てて社長の側から離れる。
 ゆっくりと開いた扉から、常務が穏やかな顔を覗かせた。

「社長。そろそろ戻ろうか。きっと社員のみんなが、帰りを待ってるからね」

 社長は一旦真理子を振り向くと、くすっと肩をすくめるように笑う。
 真理子もほほ笑みを浮かべると、小さくうなずいた。

 真理子たちが会社に戻ったのは、夕方近くだった。
 フロアにいた社員全員が立ち上がり、社長を出迎える。
 社長はゆっくりとフロアの真ん中に立つと、ぐるりと社内を見回した。

「皆さんも会見を見てくださったので、状況はお分かりだと思います。正直、今回の件はショックを受けた方もいらっしゃるでしょう」

 静まり返ったフロアに社長の澄んだ声が響き、誰もがその言葉を聞き逃すまいと耳をすませていた。


「専務や橋本さんの行動は、到底許されるものではない。でも、彼らが今回の行動に出るほどまで、不満を募らせてしまったことは、僕に責任があります。それは今この場で、社員の皆さんにもお詫びしたい」

 社長はそう言うと、静かに頭を下げる。
 そして顔を上げると、力強く拳を握った。

「だからこそ、今後は顧客の信頼を回復できるよう、全力で業務にあたって行きましょう」

 社長の力強い声に、フロアではいつまでも拍手が鳴りやまなかった。

 ――やっぱり社長の言葉ってすごいんだ。

 真理子は後ろでその様子を見ながら、ふとシステム部の席を確認する。
 卓也の姿はどこにも見えない。

「……佐伯は」

 真理子が社内を見回す様子に気がついた成瀬が、小さく声を出した。
 真理子が見上げると、成瀬はいつになく厳しい表情を浮かべる。

「佐伯は、辞表を提出した」
「え……」

 その言葉に、真理子は一瞬頭が真っ白になる。

「あれだけの騒ぎだ、辞表は受理されるだろう……」

 成瀬はあくまで感情をはさまないよう、淡々と声を出す。

「そんな……。確かに卓也くんは騒動に関わっていました。でも、卓也くんが証拠を残したおかげで、解決できたことなのに……」

 真理子は震える両手を、ぐっと握りしめながら下を向く。

「そうだな。お前の気持ちはよくわかるよ。でも、理由はどうあれ、やってはいけないことをした。それを、佐伯自身もわかってたんだよ」

 成瀬はそう言うと、真理子の肩に手をかけ、そのままフロアを後にした。

 それからしばらくして、騒動を引き起こしたとして、専務と橋本の退職が発表された。
 そして二人とは別に、卓也が自己都合で退職したことが、ひっそりと記載されていた。
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