成瀬課長はヒミツにしたい【改稿版】
変わっていく関係
年も明けた頃、社長室には人事部長と成瀬の姿があった。
「え? 水木さんを、ですか?」
人事部長は軽く眉を上げると、驚いた声を出す。
「はい。彼女なら十分、適性はあると思います」
社長の通る声に、人事部長は一旦成瀬にチラッと目をやった。
成瀬は感情の読み取れない顔で、まっすぐ社長を見ている。
「わかりました。その方向で動きます。各部署の調整は……成瀬くん、お願いできるかな」
人事部長は社長に軽く息を吐きながらそう言うと、成瀬を振り返った。
成瀬は小さくうなずき、二人はそのまま社長室を後にする。
エレベーターへ続く廊下を歩きながら、部長はため息をついた。
「あの一件以降、社長のリーダーシップで社内はまとまったように見えるが、まだまだ諸刃の剣。独断で進めて、また不満が募らないと良いんだがね……」
独り言のようにそうつぶやくと、部長は人事部の扉を押し開けた。
成瀬は自席に戻ると、パソコンの画面を見つめながら、昨日の会話を思い出す。
「え? 真理子を秘書に!?」
成瀬は洗い物をする手を止めると、驚いて振り返った。
「そうだよ。専務の騒動以降、真理子ちゃんに対する上層部の評価も上がってる。柊馬だって、真理子ちゃんなら十分できるって、わかってるでしょ?」
明彦は笑ってテレビを見る乃菜に、目を向けながら声を出す。
騒動の後から、明彦はなるべく早めに家に帰るようになっていた。
乃菜がしばらく親戚の家に預けられたこともあり、不安が大きいのではないかという、成瀬からの提案のためだ。
それもあり、成瀬も以前のように家政婦業を再開し、真理子は時々手伝いに入るというスタンスに戻っていた。
「それはわかってる。でも、システム部は佐伯も抜けてるんだ。真理子まで異動させたら、業務が回らなくなる」
成瀬は濡れた手をタオルで拭くと、明彦の前に腰かけた。
「そこは人事部の腕の見せ所でしょ? とにかく、真理子ちゃんは異動させるから」
明彦は頑として反論は受け入れない。
「何でそんなに、秘書にこだわるんだ。家政婦に入ってるんだから、それで良いだろ?」
「それは……」
明彦は一旦口をつぐむと、何かを思い出すように遠い目をする。
「この前の会見の後ね、真理子ちゃんに言われた言葉にドキッとしたんだよね。俺が今まで必死にサワイを立て直そうと、一人で戦ってきたことを、初めて認めてもらえたような気がしてね」
「社員はみんな、お前を認めてる」
机に拳を押し付ける成瀬に、明彦は首を傾げた。
「そうかな? 柊馬は本当にそう思うの? 俺はいつだって孤独だよ。いつも不安なんだよ。真理子ちゃんに側にいて欲しいんだ。……佳菜が、そうしてくれたように」
「……明彦」
成瀬は眉を下げると、じっと明彦の顔を見つめる。
明彦は成瀬に口元だけ引き上げると、乃菜の方へ歩いて行った。
その後ろ姿を見つめながら、成瀬の心の中に静かな風が立ち始めていた。
「え? 水木さんを、ですか?」
人事部長は軽く眉を上げると、驚いた声を出す。
「はい。彼女なら十分、適性はあると思います」
社長の通る声に、人事部長は一旦成瀬にチラッと目をやった。
成瀬は感情の読み取れない顔で、まっすぐ社長を見ている。
「わかりました。その方向で動きます。各部署の調整は……成瀬くん、お願いできるかな」
人事部長は社長に軽く息を吐きながらそう言うと、成瀬を振り返った。
成瀬は小さくうなずき、二人はそのまま社長室を後にする。
エレベーターへ続く廊下を歩きながら、部長はため息をついた。
「あの一件以降、社長のリーダーシップで社内はまとまったように見えるが、まだまだ諸刃の剣。独断で進めて、また不満が募らないと良いんだがね……」
独り言のようにそうつぶやくと、部長は人事部の扉を押し開けた。
成瀬は自席に戻ると、パソコンの画面を見つめながら、昨日の会話を思い出す。
「え? 真理子を秘書に!?」
成瀬は洗い物をする手を止めると、驚いて振り返った。
「そうだよ。専務の騒動以降、真理子ちゃんに対する上層部の評価も上がってる。柊馬だって、真理子ちゃんなら十分できるって、わかってるでしょ?」
明彦は笑ってテレビを見る乃菜に、目を向けながら声を出す。
騒動の後から、明彦はなるべく早めに家に帰るようになっていた。
乃菜がしばらく親戚の家に預けられたこともあり、不安が大きいのではないかという、成瀬からの提案のためだ。
それもあり、成瀬も以前のように家政婦業を再開し、真理子は時々手伝いに入るというスタンスに戻っていた。
「それはわかってる。でも、システム部は佐伯も抜けてるんだ。真理子まで異動させたら、業務が回らなくなる」
成瀬は濡れた手をタオルで拭くと、明彦の前に腰かけた。
「そこは人事部の腕の見せ所でしょ? とにかく、真理子ちゃんは異動させるから」
明彦は頑として反論は受け入れない。
「何でそんなに、秘書にこだわるんだ。家政婦に入ってるんだから、それで良いだろ?」
「それは……」
明彦は一旦口をつぐむと、何かを思い出すように遠い目をする。
「この前の会見の後ね、真理子ちゃんに言われた言葉にドキッとしたんだよね。俺が今まで必死にサワイを立て直そうと、一人で戦ってきたことを、初めて認めてもらえたような気がしてね」
「社員はみんな、お前を認めてる」
机に拳を押し付ける成瀬に、明彦は首を傾げた。
「そうかな? 柊馬は本当にそう思うの? 俺はいつだって孤独だよ。いつも不安なんだよ。真理子ちゃんに側にいて欲しいんだ。……佳菜が、そうしてくれたように」
「……明彦」
成瀬は眉を下げると、じっと明彦の顔を見つめる。
明彦は成瀬に口元だけ引き上げると、乃菜の方へ歩いて行った。
その後ろ姿を見つめながら、成瀬の心の中に静かな風が立ち始めていた。