成瀬課長はヒミツにしたい【改稿版】

本当の気持ち

 成瀬は工場に向かうタクシーに揺られながら、静かに窓の外に目を向ける。
 工場に来るのは、真理子と一緒に橋本の件を調べに来て以来だ。
 あれから季節は変わり、工場へ向かう道端には、草木が爽やかに揺れている。
 成瀬は軽快に通り過ぎる景色をぼんやりと眺めながら、エントランスで明彦が言った言葉を思い出していた。

「ねえ、柊馬。知ってる?」

 明彦は口元だけ引き上げると、成瀬の様子を伺うように、そっと口を開いた。

「今日は真理子ちゃんの、誕生日なんだよ」

 そう言いながら、チラリと明彦の手元で揺れたジュエリーブランドのパンフレット。
 それを見た瞬間、成瀬は自分でも驚くほど、動揺したのだ。

「押し込められたと、思ってたんだけどな……」

 成瀬は車の背もたれに頭をあずけると、大きくため息をつく。
 今までどんな状況でも、冷静沈着に物事を判断して過ごしてきた。
 それなのに、ここまで心をかき乱されるなんて。

「これじゃあ“クール王子”の名が泣くな……」

 成瀬は笑いながらつぶやくと、目元に手を当てた。


 工場はいつものように、大きな機械音が鳴り響く中で、作業着姿の従業員が活気良く行き来している。

「成瀬さん、いらっしゃい」

 成瀬が一歩中に入ると、いち早くその姿を見つけた田中さんが声をかけた。
 田中さんは「よいしょ」と、腰に手を当てながら立ち上がると、ゆっくりと歩いて来る。

「この前は大変だったねぇ。まさか橋本さんが、あんな大それたことを、計画してたなんてねぇ」

 田中さんは、信じられないという顔つきで大きくため息をついた。

「無事に解決できたのは、皆さんのおかげです。社長もそう思ってますよ」

 成瀬の声に満足そうにうなずくと、ふと田中さんが顔を上げる。
 そして意味深な顔つきで、口元を隠すようにそっと成瀬に近寄った。

「ところで……。あれから、あの子とはうまくいってるかい?」

 成瀬が驚いたように目を丸くすると、田中さんは顔をニヤニヤさせる。

「またまたぁ。とぼけちゃって」

 田中さんは楽しそうに笑いながら、成瀬の腕を肘で軽くつついた。
 成瀬は小さくため息をつくと、田中さんに向き直る。

「彼女とは、何でもないですから」

 眼鏡のブリッジを軽く押さえ淡々と言う成瀬に、田中さんは大袈裟に驚いたふりをした。

「ありゃりゃ。そうなの? 残念だわ。せっかく魔法のステッキをあげたのにねぇ」
「魔法の……ステッキ?」
「そう。夢が叶う魔法のステッキ。ほら、これだよ」

 田中さんはそう言うと、検品済みのステッキを成瀬に手渡した。
 成瀬はステッキを手に取ると、手元のスイッチをぐっと押す。
 すると先端のハート型が、キラキラと色とりどりに光り出した。
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