成瀬課長はヒミツにしたい【改稿版】
「あの子に、これをあげたんだよ。ほんの少し、背中を押して欲しいんだろうと、思ったからね」

 田中さんは成瀬の顔を下から覗き込む。

「成瀬さんだって、気がついてたんだろう? あの子の気持ち」
「それは……」

 成瀬は口ごもると、そっとステッキに目線を落とす。
 キラキラと光るステッキは、本当に魔法のステッキのようだ。
 そのハートの形を見ながら、成瀬はどこかで似た形を見たことがある事に気がつく。

 ――真理子が、カレンダーに書いていた絵……?

 成瀬は、あの日の記憶を懸命にたどった。

 『夢が叶いますように……』

 真理子の声が、聞こえた気がした。

 ――そうだ。真理子がステッキを書いていた日付は……。

 はっと顔を上げた成瀬の目の前に、田中さんの丸い顔が近づいた。


「成瀬さん、いい男なのに。ほんっとに、もったいないねぇ」

 田中さんは、これ見よがしにため息をつく。

「あんた、あの子と一緒にいる時の自分の顔、見たことあるかい?」

 田中さんは背伸びをすると、手を伸ばして突然、成瀬の頬をぎゅっとつねった。

「えっっ」

 成瀬はあまりの痛さと驚きで、思わず眼鏡をずり落としそうになる。
 その様子に田中さんは、にししと口角を上げた。

「ちゃーんと捕まえときな。それで、あんたの笑った顔、もう一度私に見せとくれよ」

 田中さんの言葉を聞いた途端、成瀬は思わず入り口を振り返る。
 そして次の瞬間には、もう駆けだしていた。
 成瀬は息を切らしながら、もと来た道を引き返す。
 頭では何も考えていなかった。ただ、真理子の笑顔だけが浮かんでいた。


「あれ? 成瀬さんは?」

 工場長が、辺りをきょろきょろしながらやって来る。
 田中さんは腰に手を当てると、あははと大きな声をあげて笑った。

「さぁ? 大事な用事でも、思い出したんでしょ。よし、仕事仕事!」

 腕まくりをする田中さんの横では、ハートのステッキがキラキラと輝いていた。
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