成瀬課長はヒミツにしたい【改稿版】
 成瀬がエレベーターホールに出た時、向かいからエントランスを歩いてくる姿が見えた。

「柊馬! 今日は外出?」

 明彦は片手を上げながら、爽やかな笑顔を見せている。

「あぁ。今日は工場まで行ってくる。橋本の件の経緯も、電話報告だけだったしな」
「そっかぁ。俺もそろそろ行きたいと思ってたんだよね。みんなによろしく伝えておいてよ」

 成瀬は軽くうなずくと、ふと明彦が手に持っている資料が目に入った。
 どうも有名なジュエリーブランドの、パンフレットのようだ。

「お前は? 今、出勤なのか?」
「そう。ちょっと私用で遅くなってね」

 照れたように口ごもる明彦の顔を、柊馬は伺うように見つめる。
 しばらく沈黙が流れ、柊馬は静かに目線を逸らした。

「じゃあ、行ってくる……」

 サッとその場を去ろうとした柊馬の肩に、明彦が手をかけた。

「ねえ、柊馬。知ってる?」

 不思議そうな顔をする柊馬の耳元で、明彦は口元を引き上げた。



 夕方になり、小宮山が鞄に手をかけながら、真理子を振り返った。

「俺はこの後、社長に同行してそのまま直帰するから。後はよろしく」
「はい。気を付けて行ってらっしゃい」

 真理子はそう言いながら、見送りのために小宮山と一緒に社長室に入る。

「あれ!? 社長。今日は、どうしちゃったんですか!?」

 そして真理子は思わず驚いた声を出した。
 いつもは小宮山に急かされて準備に取りかかる社長が、今日はすでに準備万端で待っていたのだ。

「真理子ちゃんにとっちゃ、俺は劣等生なんだなぁ」

 社長はそう言いながら、小宮山と顔を見合わせて笑っている。

「い、いえ。そういう意味では、決してなくて……」

 真理子は慌てて両手を振ると、取り繕うようにもごもごと口ごもる。
 その姿に、社長は再び笑い声を立てた。

「ごめん、ごめん。実はさ。今日の商談相手はね、ちょっと重要なの。この話が決まれば、サワイはもっと変わるかも知れない」

 社長は、少年のように目を輝かせている。
 その顔を見るだけで、真理子までわくわくしてくるようだった。

「じゃあ、絶対にうまくいくように、応援してます」

 真理子は笑顔で、ガッツポーズを返す。

「はい! しかと受け取りました!」

 まるで敬礼するように、おどけて答える社長に、真理子はぷっと吹き出した。

「では私は先に、車の準備を……」

 しばらくして小宮山は、先に社長室を出ていく。
 バタンと扉が閉まる音が響き、社長が真理子を振り返った。

「そうそう。今日は、家政婦には入らなくて大丈夫だからね」
「え? あ、はい……」

 首を傾げる真理子に、社長が白いレース模様がかたどられた封筒を、そっと差し出す。

「そのかわりに、真理子ちゃんを、こちらにご招待します」

 真理子は目を丸くすると、封筒の表面を覗き込む。
 そこには乃菜の手書きの文字で“しょうたいじょう”と書かれていた。

「今夜7時に。待ってるからね」

 社長は真理子の耳元でそうささやくと、静かに社長室を後にした。
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