成瀬課長はヒミツにしたい【改稿版】

重なる心

「今日は、外まで送らせてくれないかな……」

 乃菜が、幸せそうに眠りについたのを確認してから立ち上がった真理子は、社長にそう声をかけられる。
 いつになく真剣な社長の目に、真理子はうつむきながら、こくんとうなずいた。


 マンションの外の広場に出ると、真理子は社長の顔を見上げる。

「今日は本当にありがとうございました」

 真理子の声に、社長はにっこりとほほ笑んだ。

 夜の広場には、いつの間にか寒さの和らいだ優しい風が吹いている。
 社長は夜空を見上げると、両手を上げて大きく伸びをした。

「乃菜とね、二人で話したんだ。こんな風に父娘(おやこ)で面と向かって話しをした事なんて、今までなかったよ」

 普段のスーツ姿とは違うカジュアルなシャツ姿の社長は、両手を頭の上で組むと、父親の顔で振り返る。

「夏祭りの時、真理子ちゃんが乃菜の頭につけてくれた、王冠のおもちゃがあったでしょ?」

 真理子は社長のデスクに立てかけてあった、写真たてを思い出した。

「あれね。俺が生まれた時、記念にって父親が作ったものなんだって」
「え? 先代が?」

 真理子は驚いて小さく声をあげた。

「父親がさ、何か形になるものを残したいって、そう願って作ったものだって。俺が最初に会社に入った頃かな? 常務に教えてもらったんだ」

 社長は静かに夜空を見上げている。
 真理子は、そんな社長の横顔をじっと見つめた。

「当然、俺はそんなの何とも思ってなかったし、忘れてたんだけどね。乃菜があの王冠をつけて、はしゃいでいる姿を見た時ドキッとしたよ。真理子ちゃんが思い出させてくれた……。自分が親になって、初めてわかる事ってあるんだね」

 社長はそう言うと、真理子にまっすぐ向き直る。

「乃菜と俺の気持ちは同じだった。あのプレゼントの絵に、描かれたみたいにね……」

 社長はウインクしながらそう言うと、ふと真理子の後ろに目を向ける。

「さぁ。王子様のお出ましだ」

 社長の声に後ろを振り向いた真理子は、はっと息を止めた。
 そこには、肩で息をしながら走ってくる成瀬の姿があった。

「柊馬さん……」

 そうつぶやきながら、真理子の視界はどんどんぼやけてくる。
 真理子は乃菜からもらった絵を、ぎゅっと胸に抱きしめた。

 ――どうしてだろう。柊馬さんの顔を見ただけで、どうしてこんなにも、胸が苦しくなるんだろう。どうしてこんなにも、あなたが愛しいんだろう……。

 真理子は顔を上げると、そっと足を前に出す。
 そしてぽろぽろと頬に零れる涙もそのままに、いつしか成瀬の元へと駆けだしていた。

「真理子……」

 成瀬の低い声が聞こえた。
 真理子が潤んだ視界で前を見ると、成瀬は両手を広げている。
 真理子は、もつれる足を必死に前に出すと、そのまま成瀬の胸に飛び込んだ。

「ごめん……」

 成瀬の愛しい声が、体中に響く。
 真理子はたまらずに声を立てて泣き出した。

「俺は自分の気持ちに嘘をついて、お前を傷つけた」

 成瀬は真理子を力いっぱい抱きしめながら、苦しそうに声を出す。
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