成瀬課長はヒミツにしたい【改稿版】
「佳菜は大切な幼馴染だ。でもその感情は、俺にとっては、明彦や乃菜を想う気持ちと一緒なんだよ」

 抱きしめられた真理子の身体に、成瀬の鼓動がトクトクと伝わってくる。

「佳菜は、俺に笑い方を教えてくれた。『本当に大切な人に出会ったら、どうやって笑ったらいいかなんて考える暇もないくらい、笑顔になるんだよ』って言ってな」

 成瀬はそう言うと、真理子の頬をキュッとつねる。

「お前の前で、俺はむずかしい顔してるか?」

 成瀬にじっと覗き込まれ、真理子は途端にドキドキとうるさくなる心臓をおさえるように、上目づかいで見上げる。

「……してないです」
「どんな顔、してるんだ?」
「“クール王子”とは程遠い……表情豊かな、優しい顔です。そのギャップが、ずるいくらいの……」

 真理子の答えを聞いた途端、成瀬はにんまりと口元を引き上げる。

「そういうことだ」

 その言い方に、真理子は思わず吹き出し、つられた成瀬も声をあげて笑い出した。

 ――あぁ、やっぱり、私は柊馬さんが大好きだ。もっと、柊馬さんに近づきたいよ……。

 真理子は、掴んだスーツの裾をキュッと引っ張る。
 ずっと怖くて聞けなかった成瀬の気持ちを知ることができたのに、心はもっと、もっとと欲している。

 ――私はとっても欲深い……。でも、それが、人を好きになるっていうこと……?

 真理子はぎこちなく手を伸ばすと、勇気を出してそっと成瀬の眼鏡を外した。
 成瀬は驚いたような顔をしている。

「柊馬さん。もうその顔を……ヒミツにしないでください……」

 顔を真っ赤にして言う真理子の姿に、成瀬は嬉しそうに口元を引き上げる。

「真理子、お前、言うようになったな……」

 すると成瀬は真理子の顎先を、長い指でくっと持ち上げた。
 唇が触れるか触れないか、鼻先すれすれの距離。
 今までだって、何度もこうして成瀬に迫られたはずだ。
 でも、今は……。

 ――全然、違う。

 真理子は、成瀬の熱を帯びた瞳に捕らえられ、吸い込まれるようにぽーっと顔を上げる。

「もう、ヒミツにしないよ……」

 成瀬の低い声が耳元で響いた。
 その瞬間、真理子の唇は成瀬に優しく奪われた。
 真理子は一気にのぼせたように全身が熱くなる。

「わ、わ、わ……」

 真理子はつい、甘い雰囲気をぶち壊すように、じたばたと暴れてしまう。
 言葉にならない声を出す真理子に、成瀬はぷっと吹き出すと、愛おしそうに真理子の頬をそっと撫でた。

「お前といると、本当に楽しいよ……」

 成瀬はそう言うと、再び真理子を優しく抱き寄せて唇を覆う。
 真理子はこのまま自分が、とろけてしまうんじゃないかと思いながら、そっと目を閉じた。

 その夜、甘い吐息とともに、何度も伝わってくる成瀬の熱を感じながら、真理子は夢の中に落ちていった。
 床に無造作に置かれた成瀬の鞄の中では、ハートのステッキが、二人を見守るようにキラキラといつまでも輝いていた。
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