猫は、その恋に奇跡を全振りしたい


家に着くころには、とっぷり日が暮れていた。
二階建ての決して広いとはいえない家には、わたしと両親が住んでいる。
お母さんはまだ、仕事なのだろう。
台所には、誰もいなかった。
冷蔵庫から取り出した紅茶をコップに注ぐ。

「んっー」

わたしは疲れを取るように、ソファーの上で伸びをした。

(猫を飼いたい。お母さん、どう思うかな……。やっぱり、反対するだろうな……)

両親に、猫を飼う話をするのは初めてだった。
猫嫌いのお母さんは、猫のことを快く思っていない。
もしかしたら、猛反対するかもしれない。
正直、これから進む未来は、不安と暗さが重い霧のように立ち込めている。
でも、わたしは決心したんだ。

ミルちゃんと再会したいから。

玄関の鍵が開く音が聞こえたので体を起こすと、すぐにお母さんがリビングに入ってきた。

「あら、帰っていたのね」
「おかえりなさい」

お母さんはソファーに座っているわたしの様子を見て、不思議そうに首をかしげる。

「リビングにいるなんて、めずらしいわね。いつもは部屋にいるのに」
「その、お母さんに話したいことがあって……」

バツが悪そうに言うと、お母さんは怪訝な顔をした。

「ご飯を作ってからでいい。冷凍食品やスーパーのお惣菜とかがメインだけどね」

お母さんは念押しするように、スーパーの袋を見せる。

「……うん」
「じゃあ、お皿を出してね」

そう付け足すと、お母さんはてきぱきと冷蔵庫に買ってきたものをしまう。
早速、火をかけると、お母さんはでっかいフライパンを手にした。
わたしが食器棚から皿を出している最中、レンジの音が響いた。
やがて、夕食がずらりと食卓に並ぶ。

「ごちそうさまでした」

夕食を淡々と終えた後、お母さんが改めて切り出した。

「で、話ってなに?」

お母さんの声が、先程より低くなったのは気のせいじゃない。

「重要なことなの?」

鋭く冷たい声に、わたしはビクッとする。

「その、お願いしたいことがあって……」

お母さんの剣幕に、わたしはそれだけを言うのがやっとだった。
< 37 / 73 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop