ぶーってよばないで!
【清好堂】
裏路地の入り口は、すでに甘い香りに包まれている。
「隆也!」
「うん!」
私と隆也は、早足でお店へ向かった!
今日はお店が開いている!
「おばあちゃん!こんにちは!」
「まあ!真瑠璃ちゃん!来てくれたのね。」
「この間お店に来たら張り紙がしてあったから心配していました!おじいちゃん元気になりましたか?」
「まあ、ありがとうねえ。不幸中の幸いでね、仕事中だったからすぐに処置してもらえてねえ。もうすっかり元気になって、復帰しているのよ。」
「わあ!よかった!」
「真瑠璃ちゃん。本当にありがとうございました。」
「そんな…。」
おばあちゃんが、深々と頭を下げる。
私も慌てて、頭を下げる。
「あれから、梓が病院に来てくれて。お父さん、はじめは強がっていたけれど、やっぱり嬉しかったのよね。」
「本宮先生、病院へ⁉︎」
「そうなのよ。真瑠璃ちゃんのおかげよ。本当にありがとう。」
「よかった…。」
「梓が帰る時にお父さんが言ったのよ。『今度、梓の大切な人、連れてきなさい』って。私も梓も涙が止まらなくてね。」
「良かった……。」
「まさか、真瑠璃ちゃんと、こんなに素敵な縁で結ばれていただなんてねえ。」
「嬉しい…。もう大切な人とは⁉︎」
「とても素敵な方だったわ。お父さんも素敵な人だなって。フランツ・リオンさんって言ってたわね。とても背が高くてびっくりしちゃった。」
「えーーーーー⁉︎」
私の大きな大きな声が響き渡って、お昼寝中のワンちゃんまで大声で吠え出した。私は、地球がひっくり返るくらいびっくりした。
今すぐ、本宮先生に会いたい!
本宮先生に沢山のおめでとうを伝えたい!
「真瑠璃?真瑠璃?聞こえてる?」
「隆也。もうね、地球がひっくり返っちゃったんだよ。私の中ではそれくらいの大事件だったんだよ!」
「それで、そのリオン先生のもとで、京田周司さんはピアノの勉強を続けるんだ?」
「うん‼︎」
「人と人との縁って、時に不思議なくらい繋がっているよな。」
「うん。」
何が何だか理解ができない。でも唯一わかることは、みんなが幸せになったってこと!

【レッスン室 A】
今日は、私の高校生活最後のレッスン日。私はこのレッスン日が大好きだった。レッスンが終わってスワンシューを買いに行ったり、ダイエットのために歩いて帰ったり、そのおかげで清好堂のおばあちゃんとお友達になれて、それから、隆也と沢山思い出もできた。
「真瑠璃さん、今日もとても良く弾けておりましたわよ。その調子でね、その調子で。大変よろしゅうございました。大学へ行っても、頑張ってくださいね。ずっと、応援していますね。」
「本宮先生!三年間ありがとうございました!私は、いつも先生から沢山の幸せをもらっていました。本当に、ありがとうございました!」
「それは、わたくしのほうですよ。」
「え⁉︎」
「わたくし、真瑠璃さんと一緒に高校のピアノ講師を卒業することにしましたよ。」
「ええ⁉︎」
本宮先生の、迷いのない真っ直ぐな瞳。いつも澄んでいて、真っ直ぐ正解を見つめている本宮先生の瞳。今日は一段と澄んでいて、迷いなんて、全く感じない。
「真瑠璃さんには色々お世話になったわね。とても感謝しているわ。」
「先生、まさか⁉︎」
本宮先生の左指に輝く大きな大きなダイヤモンド!こんな幸せなことってある⁉︎本宮先生の幸せそうな顔に、私まで幸せいっぱいになった。私の大切な仲間の周ちゃんと、本宮先生&リオン先生の未来が、縁あってまだまだ続いていく。嬉しい‼︎
そして、私の三年間が終わった。
こんなにも充実した三年間は、この先訪れることはない。
でも…
はっきりさせなければいけない、大切なことが一つ残っている。
しっかりして!私!
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