白である
このウェディングドレスをオーダーしてくださったお客様の性別は、見た目ではまったくわからなかった。若く見えるようで、目じりにはうっすら3本のシワがあり、ふんわりと微笑むたびに深く刻まれた。
幸せなのだろう。そう、思った。パートナーの話はいっさい出なかった。
幸せなのだろう。

そう、思った。

ドレスにそでを縫いつける作業を、もういく日もしていた。レース糸で編みこむことも考えたが、不自然になるかなと思い、ミシンで縫っている。
100年先も着られるウェディングドレスを。そう願いながら。ていねいに。ていねいに。ていねいに。

はなうたは庭からキッチンへうつったようだ。小麦粉でこねた何かが焼ける香ばしい匂いがする。
白い小麦粉、白いふくらし粉に、きみは三温糖を混ぜていた。
白はいつまでも白ではいられないらしい。
純白のウェディングドレスを着るひとたちも、すべからく清らかで正しいとは限らないだろう。
人間は生まれた瞬間から、もう汚れはじめているのだから。

だからこそ、
愛するのかもしれない。

このウェディングドレスも今は純白だが、いつかは色あせる。何かの事情で、棄てられることもあるだろう。切り刻まれることだってあるかもしれない。
(別の何かに生まれ変わることも)

結婚も、結婚式も、もちろん恋愛も、一生に一度ではないかもしれない。
でも、ひとは、一生に一度の思い出を作りたい誰かに出会う日が来るのかもしれない。
「一生に一度」だと信じたい誰かに。

(なんか、ちょっと焦げくさい)

幾何学模様の位置が、少しだけ動いたように思う。甘酸っぱいブルーベリーのにおいがする。焦げくささをごまかすような。
ブルーベリーの果汁で染めたレースの小さな花ばなは、色が落ちつきほんのりグレーになった。
これをドレスの肩やすそに縫いつける。まず、ちょっと焦げたパイだかケーキだかを味わってから。
きみはブルーベリーに似ている。

だからこそ、
愛するのかもしれない。


2025.03.02
copyright : 蒼井深可 Mika Aoi 2025
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