魔法通りの魔法を使わない時計屋さん
「とりあえず祓いますので、少し伏せていてください」
「え」
向き直るとこちらを指さしているリリカの長い黒髪が風もないのにゆらゆらと揺らめいていて、彼は慌てた様子で姿勢を低くした。
「――魔女リリカ・ウェルガーの名において命じます。悪しきものよ、今すぐ彼から離れなさい」
リリカの目が鋭く見開かれる。
「退!」
彼女の指から放たれた光が、“ソレ”に向かって矢のように飛んでいくのをピゲは見ていた。光の刺さった“ソレ”は悔しそうな金切り声を上げ、霧散した。
ふぅ、と息を吐いたリリカを見てピゲも威嚇の姿勢を解く。
「消えましたよ」
「え? あ、ありがとう」
彼は何度も背後を振り返りながらゆっくりと立ち上がった。
「一体、何がいたんだい」
「わかりやすく言うと、悪魔です」
「悪魔」
彼はぽかんと口を開けた。
「まぁ、三下でしたけど。……何か、人に恨まれるようなことでもしたんですか?」
リリカが半眼で言うと彼は心当たりがあるのかバツが悪そうな顔をして、それから苦笑した。
「どうも、僕は人から恨みを買いやすいみたいでね。いや、助かったよ。流石は優秀な魔女さんだ」
「このくらいの退魔法、魔法学校の一年生で習いますよ。まぁ、杖も魔法陣もなしでの退魔法は大分熟練度が高くなりますけど」
まんざらでもなさそうな顔でリリカが言うと、彼は笑顔で続けた。
「その調子で、時計も直してくれたら嬉しいんだけどなぁ」
「それはお断りします」
「あらら」