魔法通りの魔法を使わない時計屋さん
「で、今日も居座る気ですか?」

 リリカが溜息交じりで訊くと、彼は口元に手を当て少しの間考えるような仕草をした。

「そのつもりだったんだけど……、今日はこれでお暇しようかな」
「え?」
「朝からお騒がせして悪かったね。また来るから、それまで時計は預かっておいて」

 そうして帽子をかぶり背を向けてしまった彼に、リリカは声を掛けた。

「あ、あの!」
「ん?」
「気を付けてくださいね」

 てっきり、「いい加減持ち帰ってください」とか文句を言うのかと思っていたピゲはびっくりした。
 彼もそうだったのだろうか、一瞬きょとんとした顔をしてからクスクスと笑った。

「ありがとう、リリカちゃん。またね、ピゲ」

 そうしてピゲにも手を振り、彼は店を出て行った。

「……大丈夫かしら、あの人」
「え?」

 ピゲが見上げるとリリカは神妙な顔つきでまだドアの方を見つめていた。

「三下だけど、悪魔は悪魔よ。普通の人は悪魔なんて憑いてないわ」
「確かに……」
「何者なのかしら。あの人」
「人から恨みを買いやすいって言ってたし、実はヤバイお仕事してる人だったりして」
「……」

 冗談のつもりだったのにリリカからはなんの反応もなくて、ピゲは少しだけ耳を伏せた。


 ――それから、ぱったりと彼は姿を見せなくなった。

 カウンター上に置かれた金の懐中時計を見て溜息をこぼすリリカをピゲは日に何度も目撃し、その度自分も小さく溜息を吐いた。


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