魔術罠師と猛犬娘/~と犬魔法ete
3
 軍の詰め所のすぐ近くの宿で、汚れを落とす風呂に入って、眠り込んだ。
 夕方ごろに起き出して、早いめの夕食を腹いっぱいにとろうとしていた。まだ開いていた店舗で、レトに与える初歩的な古典語文法書と地誌の本を書い、ルパのためにペンダントを買う。

(これだったら、ペンダントトップだけ外してあのネックレスに付けてもいいだろうし。あれ?)

 そこで、思いつきで買い物して食堂で夕食を待っているときに、ふと我知らず自分が「珍しい行動」をとっていることに思い至る。

(レトの教科書はともかく、ルパにこんなもん買ってどうする?)

 トラにとっては「特定の女性に機嫌をとったり感心を買おうとする」というのは、珍しい行動というものだろう。誰にでも、特に女や子供にはある程度は優しかったり紳士的ではあるのは、彼の一般的な行動パターンでしかない。キョウコやサキにも多少は気遣ったりするが、それは集団の一部としてのことだ。特定の誰か一人・個人の女に特別なことをするのは珍しい。
 ルパは性格もけっして悪くないし、親しくなったレトの姉でもあるから嫌いではなく、むしろ気に入っている。初対面で悩殺されたり、一度だけ勢いでキスしたことも心理に影響しているのか?

(うーん、なんだか動機が不純かもだが)

 これまで恋愛を軽んじて生きてきたために、トラとしては自分自身に当惑しなくもない。


4
 もう一泊しようかとも思ったが、結局は夕食後にさっさと帰路についてしまった。休んで回復した魔術で高速移動すれば、一時間あまりでリベリオ屯田兵村に戻ることができる。
 日が沈んだ夜闇に、窓に明かりがついている。
 一人でいたときには、まずあり得ないことだ。

「トラ!」

 玄関に近づいたとき、ドアが開いてルパが飛び出してきた。足音で察知したらしい。

「どこ行ってたの? おかえり」

「ただいま」

 ルパはトラの手を引いて歩き出し、ふと足を止めて、トラのお腹をポンポンと叩いた。

「?」

「ポンポコタン。ねえ、トラ。ストマッククローしていい?」

 憂い顔のルパはしばらく黙ってトラのお腹を服の上から撫で、頭を胸に押しつけた。

「それとも、チューしてくれる?」

 そのときトラは、罠にかかった動物の気持ちが少しだけわかった気がした。ルパは自分にとって可愛い女で、どうやら逃げられそうもない。
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