超人気美男子に目を付けられた平凡女は平和な寮生活を求めて苦悩する

第14話 美男子の恋愛観に平凡女はついていけない

ミユウが去ってから、アンセムは1人で作業を続けていた。
テラスを追いかけても仕方ないことは、もうわかっている。
後は1人で全部やる覚悟もしていた。
ところが、テラスは戻ってきた。

「ただいま」

気まずそうに声をかけてきたテラスを見て、アンセムは思わず微笑んだ。

「良かった。戻ってきてくれた」

「カイさんが、1人じゃ無理だから行ってやれって」

「ああ、助かるよ」

にっこり笑顔のアンセム。

「じゃぁ、早速やろ」

仕事を放りだそうとした自分を反省したテラスは、気持ちを切り替えて作業に取り掛かることにした。
2人は作業を再開する。
暫く粛々と作業を続けていたが、呟くようにアンセムが口を開いた。

「実は、戻ってこないかと思ったよ」

「なんで?」

「昨日の事もあるし、あんな場面見せたらまた逃げられるんじゃないかと」

「あ~…まぁ…。
でも、アンセムとミユウさんは特別な関係だって聞いたから、普通のことなのかなって」

お互い好き合っていればキスもするだろう。

「特別?誰に聞いたんだ?」

「アイリから聞いたよ。違うの?」

アンセムは返答に少し迷った。

「…ミュウが特別なら、良かったんだけどな」

アンセムは作業の手を止めた。

「どういう意味?」

テラスはアンセムの言おうとしていることがわからない。
だから返答を待った。

「ミュウの事は好きだよ。オレを好きでいてくれるし、理解しようとしてくれる。一緒に過ごす時間は気持ちが穏やかでいられる」

それが特別ではないのだろうか。
テラスはますますわからなくなった。

「だけど、まだ、特別じゃないんだろうな…」

独白のようにアンセムは言う。
テラスは昨日アンセムが言っていたことを思い出した。

「いないときに相手のことを考えたりとか、独占したいとか、そういう気持ちがないってこと?」

「ああ、そうだな」

「今は、まだ?」

「今は…。これからも…かもしれない」

「ふ~ん…」

なんだかテラスは寂しい気持ちになった。
すごく好きな人の特別になれないって、どんなに寂しいことだろう。
そして、自分を好きな相手の気持ちに応えられないって、もしかしたら辛いのではないか。

「昨日言っていた、テラスの好きな男って、どんな男?」

うつむいて黙り込んでしまったテラスにアンセムは問いかけた。
昨日から気になっていた。

「え、どんな男って聞かれてもなぁ」

漠然としすぎた質問の回答に詰まるテラス。

「じゃぁ質問を変えるよ。どこで出会ったんだ?」

「第三寮に入って割とすぐかな。就業教育がアイリと同じ服飾で、意気投合したみたい。お互い第二寮時代からの友達たちと集まるようになって親しくなったの」

「じゃぁ同じ学年か?」

「うん。そうだよ」

テラスは頷いた。

「どんなところが好きなんだ?」

テラスが好きだという男にアンセムは興味があった。

「う~ん、色々なことに興味を持っちゃうところ…とかかな。ちょっと興味があると、とりあえずチャレンジするってタイプだよ。
たまに付き合わされたりするけど、すぐ行動するところが面白いかな。基本ポジティブ」

「そうか…」

テラスが異性について熱心に語る姿は意外だった。
アンセムはなぜか少しムカムカする。

「そいつがテラスの特別にはならないのか?」

少し険のある声が出てしまった。
しかし、テラスはそれにまったく気付かずに答えた。

「そういうの、考えたこともないな」

「そいつには、誰かいるのか?」

「う~ん、そういえば、そういう話聞いたことないかも」

「それなら…」

アンセムは次の言葉を言うか言うまいか、一瞬だけ迷った。

「そいつと、少し恋愛してみたらいいんじゃないか」

ここでテラスがその男と付き合えば、寮長との約束は充分果たしたと言えるだろう。

「はぁ~!?」

しかし、テラスは素っ頓狂な声をあげる。

「なんでそうなるの?」

心底不思議そうに問うテラス。
アンセムは意地悪な気持ちになっていた。

「恋愛がわからないなら、一番好ましい相手としてみれば少しはわかるんじゃないかと思っただけだよ。テラスは少し頑張った方がいいんじゃないか?」

「ええー!なにそれ。そういうのって頑張ればわかるものなの?」

「相手を知ろうとする姿勢は大事なんじゃないか?」

「アンセムがそれ言う?」

「なんだよ…」

「だって、相手を知る努力と頑張りがあれば好きになれるなら、アンセムこそミユウさんと特別になれるんじゃないの?」

テラスに攻撃するつもりはなく、素朴な思いを言っただけだったが、その言葉はアンセムに突き刺さった。

「そうだよな…」

次の言葉が出てこない。

(あ、あれ?黙っちゃった)

表情を強張らせて黙り込むアンセムに、テラスは動揺した。

「あの…アンセム?」

「ん?」

「急に元気なくなっちゃったけど、私悪いこと言った?」

テラスはアンセムの顔を覗き込む。

「いや、イライラして軽率なこと言った自分を反省しただけだよ。ごめん」

アンセムは少し表情を和らげた。

「謝られる理由が良くわからないんだけど…」

戸惑うテラス。

「オレ矛盾したこと言ったよな。テラスが言うとおり努力でなんとかなるなら、ミュウのことをもっと大切にする努力をすればいいだけだ。努力が必要なのは自分か…」

自虐的に言うアンセム。

「あ…2人のことなのに、私が口出したのが悪かったんだね…。私こそごめんなさい」

アンセムが絶句した理由がわかり、テラスも謝った。
完全な部外者の自分が意見することではなかった。
アンセムはそんなテラスを見て一歩近づく。

「それとも…」

そしてテラスの肩を軽く押した。
テラスの背は本棚にトンと着く。
アンセムは素早く両手を本棚に付けて、テラスを腕の中に包み込む姿勢を取った。

「な…なに!?」

突然の行動にビックリ仰天のテラス。

「知る努力はテラスとにしようか」

アンセムはじっとテラスを見つめた。
顔が近い。
テラスは膝を曲げて姿勢を低くし、アンセムの腕の下をするりと抜け出すと、ビューンと逃げた。
アンセムと5mほど距離をとる。

「ぶっ!」

アンセムは笑い出した。

「あっはっは!やっぱりテラスは面白いな」

「な…なにをーーー!」

からかわれたのだと気づき、怒り心頭のテラス。

「さて、続きしよう」

しかし、そんなテラスをサラっとかわしアンセムは作業を再開する。

「ムカツク!」

文句を言いつつ、テラスもそれに順じた。

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結局棚卸し作業は3日で終わった。
カイから謝礼として中央施設の中でも人気が高くなかなか予約が取れない視聴覚室のチケットを貰ったアンセムとテラス。
日時指定で、作業終了から3日後だった。
2人はそれぞれ仲の良い友人を集め、皆の意見を総合してディスクを選び、視聴会をすることにした。

そのときに、アンセムはテラスが言っていた「好きな人」と初めて顔を合わせる。
その男はタキノリといい、茶色のツンツンした髪型で、男にしてはやや小柄な体型と少年っぽさを残した顔をしていた。
視聴覚室を使うのは初めてのようで、無邪気に喜ぶ姿が、どことなくテラスと似ているように思う。
テラスとタキノリこそ、似たもの同士ではないだろうか。

視聴会は盛り上がった。
それぞれ食べ物を持ち込み、気楽に食べながら喋りながら映像を楽しんだ。
アンセムの友人とテラスの友人で、これがきっかけで連絡を取り合う者もいるようだ。
ミユウもいたため、アンセムはあまりテラスと話すことはなかった。
それでも、テラスがアイリ以外の人物と一緒に過ごす姿が新鮮で、何とはなしに目で追っていた。

視聴会が終了すると、アンセムとテラスは会う機会がなくなった。
その後はアンセムがポツリポツリとテラスを誘い、2人は次第に友人として自然に話すことが増えていった。
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