超人気美男子に目を付けられた平凡女は平和な寮生活を求めて苦悩する

第42話 謝罪とキス

と思ったら、代わりにアンセムが現れた。

「げっ!」

ぎょっとするテラス。

「相変わらずの反応だな…」

アンセムは苦笑した。
テラスは想定外の出来事に次の言葉が続かない。

「これで、オレと話してくれるのかな?」

「ど、どこから聞いてたの?」

「『バカバカ言うな』ってところから」

あの後、アンセムはすぐにアイリと別れ、カイの手伝いをしようと図書館へ向かったのだ。
道の角を曲がろうとしたときに、テラスとミユウの声が聞こえて、そのまま立ち聞きしてしまったというわけだ。

「うわぁ…」

青ざめるテラス。

「ミュウはオレが来たことに気付いてたみたいだな」

すれ違い様、ミユウに「そういうことだったの。ごめんなさい」と言われた。
アンセムはミユウに怒りの感情はまったくない。曖昧な関係を続けて不安にさせた自分が悪かったのだと思っている。

「約束はなしになったんだろ?」

頷くテラス。

「前みたいに、戻ってくれるかな?」

今度は首を縦にも横にも振らないテラス。
どうして良いかわからない。
だって、告白されているんだから。

「テラス、オレの顔見てくれないか?」

テラスは最初にアンセムを見たあとすぐに俯き、今も地面を見つめている。

「は、はぁ!?」

「やっぱり人と会話する時は、相手の目を見るものだよね」

「うっ、確かにそうだけど」

「普通でいいんだよ。普通で」

「なんか、改めて言われると緊張する」

「オレを意識してくれるってことかな?」

「………」

それを否定するために、テラスはアンセムを見た。
困っているテラスを楽しそうに見ていたようだ。

「アンセムは相変わらずだね」

やっと笑顔になるテラス。
ドクン。アンセムの心臓が大きく鳴った。
本当に久しぶりに自分に向けられたテラスの笑顔。

「やったー!」

思わずそう叫んでテラスを抱き締めた。

「どわっ!」

突然の行動に避ける暇もなく、テラスはされるがままになった。
アンセムはギュッと力を込めた。嬉しくてたまらなかった。
テラスの体温を感じ、胸が高鳴った。

「く…苦しいよ…」

今までアンセムにした仕打ちを思うと抵抗できなかったテラスだが、さすがに苦しくてアンセムの背中をパンパンと叩く。

「っと、ごめん」

アンセムは力を抜き、テラスを開放した。

「ふぅ」

軽く深呼吸してテラスが見上げると、ニコニコと満面笑顔のアンセムと目が合う。

「嬉しそうだね…」

「そりゃもう」

「アンセムのことが、男の人として好きなわけじゃないよ」

「そんなことわかってる」

「あ、そうなんだ。じゃぁそんなに喜ばなくても」

「何言ってるんだ。やっと前みたいに話せるようになったんだから嬉しいに決まってる」

「そう…なんだね…」

自分と話せるだけで嬉しいと言われて、なんだか居心地が悪いテラス。
ついつい言葉がそっけなくなる。

「テラスと目を合わせて会話するタキノリに、どれだけ嫉妬したか」

「嫉妬!?アンセムが??」

「あたりまえだよ」

「はぁ~、ふ~ん、へー」

テラスの中のアンセムは、いつだって冷静で客観的に周囲を見ることができる印象だった。

「すごい意外」

「対象本人が他人事みたいに言うね」

「あ、そうか。私か」

イマイチ現実味が沸かないテラス。

「おいおい…」

さすがに呆れるアンセム。

「オレがテラスを好きだってこと、わかってる?」

そう言って、優しくテラスの頬に触れた。

「わっ!」

飛び退くテラス。

「そういうの、やめてくれるかな!?」

「いや、伝わらないと困るしさ」

「わかった、伝わったから」

狼狽するテラスを愛おしく見つめるアンセム。

(そういう目はやめて~!)

テラスは心の中で叫んだ。
アンセムがたまに見せる、感情のこもった眼差しがなんでか苦手なのだ。落ち着かない気分になる。

「テラスはこの後どうする?」

目が泳ぎまくりのテラスを見て、アンセムはいきなり話題を変えた。

「図書館に行こうとしてたんだろ?」

「うん。ほら、アンセムが確実にいないってわかってる機会は貴重だったから」

「徹底的に避けられてたからな…」

空白の2ヶ月間を思い返すアンセム。誤解を解いて今の状況に戻してくれたミユウに感謝の気持ちでいっぱいだ。

「オレも図書館に行くつもりだったんだ。一緒に行こうか」

「うん。いいよ」

テラスは頷いた。

「ああ、良かった」

そしてテラスは呟くように言った。

「何が?」

聞き返すアンセム。

「ほら、アンセム避けるってことは、図書館に自由に行けないってことだったから、不便で辛かったんだよね。これからは、気兼ねなく好きなときに行けるでしょう?」

「テラスの本気の逃げは最強だからな…」

本当に付け入る隙のない逃げっぷりなのだ。

「なんか、このタイミングでアンセム妙にカイさんの手伝いが増えたし。図書館になかなか行けないのが一番ストレスだったんだよね」

アンセムに会えないことが苦痛ではないところがポイントである。

「それは、何かやってた方が気が紛れるから、オレからカイさんに手伝うことがあれば言ってほしいって頼んだんだよ」

「気が紛れるって、なんの?」

「………テラス、本当にわかってる?」

「なにが?」

きょとん顔のテラス。

「テラスに無残に振られて凹んでたってことだよ。何か作業してた方が気が紛れたんだ」

「…ああー…」

気まずそうにテラスは目を反らした。

「ま、いいんだけどね」

アンセムにテラスを責めるつもりは全くないのである。

「アンセム」

テラスは立ち止まった。

「ん?」

アンセムも立ち止まり、テラスを見る。

「ごめんね」

テラスはアンセムの目をしっかり見て謝った。

「わけもわからず避けられて、すごく嫌な気持ちだったよね。本当にごめんなさい」

そして頭を下げた。

「もういいよ」

アンセムは優しく言った。
しかし、次の瞬間アンセムの瞳が意地悪く光った。

「ただ普通に許すってわけにはいかないよね。それってやったもん勝ちになるし」

「ん?」

どこかで聞いたことのある台詞だった。

「許す代わりに、1つオレのお願い聞いてくれるかな?」

「…お願いって?」

以前自分がアンセムにした仕打ちを思い出し、警戒を示すテラス。
アンセムはそんなテラスに近づいて、じっと見つめて言った。

「キス、させて」

「はぁ!?」

とんでもないことを言い出した。

「突然避けられて、オレ随分と辛い思いをしたよ。でも、キスできたら立ち直れるかもしれない」

悲しげな表情をするアンセム。もちろん演技である。

「じょーだん、だよねぇ…」

引きつった笑みで、どうにかこの場を誤魔化したいテラス。

「そうか、謝ってくれても、結局言葉だけってことか」

目を伏せて落胆するアンセム。

「そういうわけでは…」

「なら、いいかな?」

そう言って、アンセムは両手でテラスの顔を包み込んだ。
そして、ゆっくりと顔を近づけた。
ガチガチになりながら困惑するテラス。
これは応じるべきなのか…。
覚悟を決めて、ギュッと目をつぶった瞬間。

ゴチン!

「ったー!」

オデコに強い衝撃を受けた。
思わず声をあげるテラス。

「ははっ!罰ゲーム」

目を開けると、いかにも面白そうに笑うアンセムと目が合った。
ものすごく頭に来たテラスだが、自分の行いを振り返ると文句も言えない。

「もう!行くからね!」

そう言って、スタスタと図書館へ向けて歩き出すのだった。
プンプン怒りながら歩くテラスの後姿を眺めながら、アンセムは一つため息をついた。

(先は長そうだな)

本当はキスするつもりだった。
だけど、結局最後までテラスの表情からは困惑しか感じられなかった。
テラスが目を閉じたのは、ただ謝罪したい一心からだろう。
恋愛感情ゼロだとわかったから、寸前で止めたのだ。
かなりの努力を必要としたが。

だけど、拒絶されたわけじゃない。
今は、友人としての立場が戻っただけだが、少なくとも、人として好かれているのだから、それでいいではないか。
アンセムは前向きにとらえて、自分を奮い立たせようとした。
焦りは厳禁だ。
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