すべてはあの花のために④

「こちらにはよく?」


 だからほんの少しだけ、お話してみようかと思った。



「そう言う君の方は? その恰好からすると、登校途中?」

「はい。実はわたし、久し振りにここへ来たんです。昔はよく来てたんですけど、ある日を境に来なくなって……」


 当時のことを思い出すと、勝手に俯いてしまう。


「そうなんですね。俺も、昔はよくここへ来てましたよ。でも、ある時から俺も来られなくなったので、来たのは本当に久し振りなんです」

「……なんだか、似ていますね」

「うん。そうだね」


 だったら、昔ここで会ったことがあるかもしれない。


「……俺は、昔ここで出会った女の子が忘れられなくて」


 彼は、町全体を見下ろして、話し始める。


「俺ね、昔体がそんなに強くなくて。同年代の男の子に比べると体も小さかったから、よく女の子に間違えられることもあってね」


「まあ名前のせいもあるかも」と彼が話し出す横で、葵の目が見開いていく。


「よくここへ来ては、花を見てたんだけど……そこにね、女の子が来たんだ。とっても可愛くて、声を聞くだけで、会えるだけで。俺はとっても温かい気持ちになれた。その子が、……俺の初恋」


 彼は一歩近づいて、固まっている葵の顔を覗き込む。


「なんだかその子の面影が、時々君に重なって見えるんだ」

「――!」

「ねえ。もしかして君は、昔会ったことがある?」

「……わ、わたし、はっ……」


 言い淀む葵に、彼は小さく笑った。


「ごめんごめん。そんな昔のことなんて、覚えてないよね。今のは聞かなかったことに」

「あ、あのっ!」


 葵は、慌てて彼の話を遮った。


「こっ、ここには来ていたので。……お会いしたことは、あるかもしれません」


 何とかそれだけ、必死に言葉を紡いで目を瞑っている葵を見て、彼はまた一歩近づく。そして片腕を葵の頭に回して、自分の胸の中に引き寄せた。


「……ありがとう、そう言ってくれて」

「い。いえ。こんなことしか、言えなくて……」


「すみません」と。葵はそのまま、彼の胸に頭を預ける。

 するとそれきり反応が返ってこなくなって、何かおかしなことでも言っただろうかと顔を上げたら。


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