すべてはあの花のために⑥
「さて、時にツバサくんや」
「え。なんだよ」
「あっちの彼と母親のことは、お父様に言ったのかい?」
「言ったも何も、最近話せてなかったし」
ひとまず葵は、ツバサの頬を引っ張った。
「っ!? い、いひえー!!」
「ばかちんがー! ちゃんと言ってないじゃないか!!」
葵は解放したあと、トウセイに向き直る。
「トウセイさんは何かご存じですかっ……?」
「あいつらも大事な家族なのだから、巻き込まないようにしていたに決まってるだろう」
葵は堪らずトウセイの頭を竹刀で打っ叩いた。
「っ!? 何をする!!」
「子供が子供なら親も親だ」
冷めた口調で、葵は淡々と話を進める。
「ツバサくん。お母様がおかしくなったのはいつだ」
「えっと、別居したのは俺が小学校卒業してからで、母さんが日向を陽菜って呼び始めたのは、確か日向が中学に上がった頃……?」
「……何を、言っている……」
やはり彼は、そのことを知らなかったか。
「トウセイさん。お母様にはハルナさんの事故こと、お話ししてないんですよね……?」
「……だからそうだと言っている」
彼が実の姉の名前で呼ばれ続けて三年……いや。もう四年が経とうとしている。
「必ずです。なんとしてでも国務大臣になってください」
「……なれないとでも、言うのか」
「いえ。あなた自身には何も問題はありません。でも、早急にお願い致します。易々となれるものでもなければ、こちらの都合で動けるわけじゃないのは重々わかっています。けれど、あなたは一刻も早くハルナさんの事件を、根元まで解決してください」
「……君は、一体……」
それ以上葵は何も言わなかった。
窓から、薄暮の光が差し込んでくる。葵は、眩しさにすっと目を細めた。
「トウセイさん。お母様はヒナタくんがわからなくなっているんです。中学に上がった頃からお姉さんの名前で呼んでいるそうで」
「そんな馬鹿げた話があるか」
「本当なんです。自分の子供の写真を、思い出を、存在を消してしまうほど、おかしくなっているんです」
「写真……。……確か、別居する時は、あいつらのものとか全部渡せと言われたが。……処分、したのか」
トウセイの問いに、ツバサは沈黙で肯定を示す。
「お母様から自分の名前を呼ばれなくなって、四年が経とうとしてます。一刻も早く、ヒナタくんを助けてあげないと」