すべてはあの花のために⑥
彼は何も言わなかった。体に力が入って、震えている。
「……はあ。わかった。じゃあ次、父さんどうぞ」
淡々と話を進めるヒナタは、何かを諦めているようだった。
「……本当はずっと、隠しておきたいと思っていた」
トウセイがゆっくり、話し出す。
「俺が母さんと別居したのは、危険な目に遭わせたくなかったからだ」
「じゃあなんでツバサは連れて行ったの」
「別居する直前まで悩んだ。……でも翼がいきなり女の恰好をし出したから、俺の目の届くところにおいておかないと、正直何をしでかすかわからなかった」
「え。そんな理由だったのかよ」
「まあオレも、あの頃からちょっとこいつ頭おかしいんじゃないって思ってたけど」
「えー。俺なんか酷い言われよう……」
トウセイは一度ゴホン、と咳き込んで話を続ける。
「俺のところには、少しだけ陽菜の事故の情報が来ていた」
「……それで?」
「それが危険だと判断した。でもその事件を調べないと気が済まない。別居はそれが理由で決めた」
「ふーん。オレらには話してくれなかったね」
「それぐらい危険だってことだ」
トウセイの目は、本気で家族の心配をする父の瞳だった。
「言いたいことはそれだけ? ぶっちゃけて言うと、そんなこと知ってたから」
伝えきった二人は、あまりにも淡泊に衝撃の事実を話す彼に動揺を隠せない。
「……なんでかっていうと、母さんが知ってたから」
「そんなはずは!」
「父さん、時々天然なの自覚した方がいいよ」
やっぱり天然だった▼
「母さんは、父さんの仕事場からこっそりハルナの資料を見てた。それで、きっと父さんが何か言ってくるだろうから、ちゃんと支えてやるんだって。ずっとそう言ってたよ。……そんな母さんの気も知らないで、ハルナが死んだのを母さんのせいにしたのは父さんじゃん」
「……!? それは、危険から遠ざけようと」
「少なくとも母さんはそんなこと思ってなかった。思わなかった」
「……っ」
「父さんを支えるつもりだったのに、母さんはショック受けてた。それをオレは知ってたから、母さんはオレだけは放さなかった」
「日向。俺は」
「ハッキリ言って、今更なんだっていうの。……今頃謝りに来たって、何もかも遅いんだけど」
「それってどういう――」
ツバサの問いかけは、最後まで言葉にならなかった。リビングの扉が、静かに音を立てて開いたからだ。