すべてはあの花のために⑥

 葵はそっとワカバに腕を回し、その冷たくなった体をやさしく抱き締める。


「……? わたしは今でも大好きよ?」

「……っ、ええ。そうでした。すみません」

「あおいちゃんはー? あの子のこと、好きー?」


 そう聞いてくるワカバに、葵はにっこり笑って答えた。


「はい。不器用で口が悪くて悪魔だけど。友達が大切で。努力家さんで、隠し事がとっても上手な彼が、……わたしは大好きですよ」

「彼……? あおいちゃん。はるちゃんは女の子よー?」


 葵はワカバの背中を摩りながら、ゆっくり落ち着いた声で話す。


「ワカバさん。わたしと一緒に、ちょっとだけ頑張って欲しいんです」

「んー? はるちゃんとお友達になるお手伝いー? それなら頑張っちゃおっか~」

「いいえ? ……ハルナさんたちを、助けるお手伝いを。一緒にして欲しいんです」

「……たす、ける……?」

「ワカバさん。まずはゆっくり深呼吸してください」

「んー? ……すー。はー……。……これでいい?」

「はい。もうバッチリですね」


 葵はゆっくりと話をしながら、彼女の手をやさしく包み込む。


「わたしのお話を、聞いていて嫌だなって。ちょっとでも思ったら、この手をぎゅって握ってください」

「……? いや?」

「はい。例えば、大きな声出したくなったり、何かを投げたくなった時に。わたしになら何でもしていいので、ちょっと嫌だと思ったら手を握ってみてください」

「……うーん。よくわかんないけど、わかった!」


 楽しそうに頷くワカバの手を、一定のリズムで揺らしながら。


「それじゃあまず。……ワカバさんのご家族は、誰がいますか?」

「んーっと。……お父さんと、お母さんと、わたしと、お兄ちゃん!」

「あー残念。そっちじゃない方です」

「……? どっちー?」

「それじゃあ、ハルナさんはあなたにとってどんな存在ですか?」

「はるちゃんはー、わたしの可愛い可愛い娘よ~」

「おー。ということは、ワカバさんはご結婚なさっていたんですね?」

「そうねー。……結婚、したわ」


 ――少しだけ、手の力が強まる。


「旦那さんはどんな人ですか? よかったら教えてくれませんか?」

「……くじょうとうせいっていう人」


 ――また少し、強くなった。


「もしかして、議員さんの?」

「ええ。国会議員の」

「そっかそっか。あなたはその人のこと、愛してたからご結婚なさったんですよね?」

「……わたしは。愛してたの」

「ん? どうして『わたし“は”』なんですか?」

「……わたしは。あの人に嫌われちゃったの」

「どうしてそうだと?」

「喧嘩しちゃって。それで、わたしのせいだって。そう言うの。……わたしは。あの人を支えてあげたかったのに……」

「……どうして喧嘩をしてしま、っ」


< 152 / 251 >

この作品をシェア

pagetop