すべてはあの花のために⑥

sideキサ


「…………あっちゃん」


 今にも泣き出しそうなほど苦しそうな顔をしているのに、目の前の彼女は決して泣かなかった。


「あ。あっちゃん」


 ぷつんと。今にも彼女を、こちらへ繋ぎ止めている糸が切れてしまいそうで。キサは、そんな葵の前に膝を立てて座り、両手でやさしく頬を包み込んであげる。


「あっちゃん。言葉にしたら、スッキリするよ?」

「でき。ない」

「なら泣いたら?」

「……。どう。して?」

「あっちゃん、今にも泣き出しそうな顔してるよ? 泣くことでも少しはスッキリするよ? あたしもよく泣くもん」

「……泣か。ない。よ」


 そう言いつつも、本当に今にも泣きそうな葵に、キサは悲しそうな顔で笑う。


「あっちゃん。秋蘭との結婚、本当は納得してないんじゃない?」

「え……」


 少し驚いたような顔の葵に、今度は小さく笑いかける。


「知ってる? 一番笑えてないのは、あっちゃんなんだよ?」

「……っ」


 視線を逸らそうとする葵の頬を強く手で押さえ、自分から目を逸らさせない。


「嫌だって。あっちゃんの目がそう言ってる」

「そ。そんなこと。ない。っ」

「いいや言ってる。いいじゃん。嫌なら嫌って言えば。またあっちゃんはあたしたちに隠し事するの? 嘘つくの?」

「嘘じゃない! 『わたし』はアキラくんが好きなんだ! この考えは間違ってないし、この考えから逸れない! 逸れちゃいけないんだ! だから、この道にっ。わたしは進むんだ……!」


 必死な形相で訴えてくる葵の言ってることは、キサには理解できなかった。


「よくわかんないけど、秋蘭は何か知ってるの?」

「だってアキラくんだもの。アキラくんにはちゃんと言っておかないと……」

「それはなんで? 婚約者候補だから? あっちゃんが好きだから?」

「……そう、だね」


 先程までの勢いはどこへ行ったのか、葵はか細く答える。


「秋蘭には言えるのに、あたしたちには言えないの?」

「……アキラくんにも。言ってない」


 でも確かにさっき、葵は『伝わった?』と尋ねていた。


「どうやって秋蘭があっちゃんから返事を聞いたかわからないんだけど、あいつはこの結婚について、何か知ってるんじゃないの?」

「結婚については。わたしは言ったよ。話せるところまでは」

「それはどこまで?」

「……さっき。言ったっ」


 ということは、アキラも結婚については自分たちと同じくらいしかわかっていないということだ。


「(でも秋蘭だけは冷静だった。……ちょっと苦しそうだったけど)」


 当事者だからかもしれないけれど、葵の好きについて、アキラは何かを知ってるから、落ち着いていた。
 そして、約束のせいでみんな話せない、と。恐らくはそうだろう。先程の会話から、そこまでは推測できる。


「あっちゃんさっき言ってたよね? 『これ以上わかりやすくなんて言えない』って」

「…………(こくり)」


 反応を返してくれた葵に、キサは今の自分ができる笑顔を見せた。


「だったらさ、もっと難しく言っちゃわない?」

「……へ?」


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