すべてはあの花のために⑥

 理事長室。


「…………。っ。…………。っ」


 その頃葵は、例の隠し扉の中で時々ビーッと洟をかむだけで、声をあげずに泣いていた。


 ――――――…………
 ――――……


「ひ、……。あの、話したいこと。あるんです。謝りたいこともあるんです。……っ、お友達に。なって欲しいんですっ」


 今朝9時前。チョコを出してようやく彼はこちらを向いてくれたけれど、蔑むような視線をずっと向けていた。
 そのまま何も言わない。動こうともしない。ただずっと睨み付けられて、次第にチョコを持つ手がカタカタと震えてくる。けれど彼と目を合わせる勇気もなく、葵はただずっと俯いていた。

 何も起こらないまま、もうすぐ9時のチャイムが鳴り出そうとしていた。


「……その、左手……」

「っ、え……?」


 ぼそり。ヒナタからそう聞こえた気がして、驚いて思わず声が上擦る。


「みんなのとこ、行ったんだね」

「……う、ん」


 それでも彼の視線は変わらない。寧ろ、軽蔑さは増す一方だ。


「みんなは? 話聞いてくれたんだ。許してくれたんだ。あんたのこと。へー。みんなほんとやさしいね。ビックリする」


 話す度、彼の声に怒気が含まれていく。


「あんたさ、なんでここに来たの」

「…………っ」


 恐怖で喉がひゅっと狭まる。声なんて、出てこなかった。


「答えなよ」


 でも、絞り出すしかなかった。


「わ、かんない。……けど、ここに。いる気がして……」

「なんで」

「……っ、す、みません」


 葵の勘で来たのだから、ハッキリとした答えなんて持っていなかった。


「それじゃあ俺が教えてあげるよ」

「……っ、え?」


 そう言った彼が取り出したのは、無地の【外面は緑色】の、二枚のカード。


「ほら。早く開きなよ」


 ちりちりと、頭が痛む。『開けてはダメだ』と、警鐘が鳴る。
 でも、目の前の彼はそうさせてくれない。まるでゲームを楽しんでいるかのように、葵を嘲笑っていた。……拒否することなんか、できなかった。


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