すべてはあの花のために⑦

 それからしばらくして、赤は別邸に移された。荷物なんて少ない。あの、ネックレスと絵本ぐらいだ。
 それだけは大事に抱え、赤は道明寺の本邸を出て、別邸に家政婦たちと一緒に住むことになった。仕事の用事以外はここで過ごし、呼ばれれば本邸の方まで、足を運んでいた。


『どうやら、向こうもなかなかやるらしい』

『………………』


 そう言って出された写真は、倒産に追い込んだはずの家族。


『内通者が特定された。まあ数人入れていたからな。全員バレることはないだろうが、どいつもこいつも緩いな。一つも咎めたりなどしない。ああ緩い』

『…………』

『まあ倒産は成功した。これもお前のおかげだな。でも残念なことに、こいつらはまだ他の内通者を調べようとしているし、社員の次の働き手まで探してる。……バカな奴らだ』

『…………』

『流石に調べられて、ここがバレてしまうのは不味い。これ以上は調べさせない。奴らを追い込む方法を考えろ』


 赤の案は、子どもを人質に取ること。実際に取ることなどできないし、しなくていい。ただそうしていると見せかけるだけで、十分効果はあると伝えた。


『そうだな。なら…………アメ(、、)

『はい。なんでしょうアザミ様』


 物陰に隠れていたのはスラリとした、綺麗な女性だった。


『(……誰かいるのは、何となくわかってたけど……)』


 にしてもここは監視カメラが多すぎて、人がいるとはハッキリとはわからなかった。


『紹介しておこう。お前にもな』


 そう言ってアザミは、赤の隣に愉しげに嗤いながら立つ。


『お前が倒産させたところで働いていた者だ』

『……!!』


 赤は震え出しそうになる体を必死に押さえ込んだ。


『お前のせいで、路頭に迷う羽目になったそうだ。それでここに来るしかなかった。……可哀想だなあ?』

『……ご、ごめん。なさっ……』

『謝って済むと思ってるのかしら』

『……!!』


 彼女から発せられるのは、刺々しい言葉と殺気。


『アメ。こいつは絶対に殺すなよ。そういう契約だ』

『わかっていますが、睨むぐらいは許してもらいたいですわ』

『……っ』


 奥歯が、恐怖でかちかち鳴る。


『アメ、お前に最初の仕事だ』

『はい。なんなりとアザミ様』

『この子どもの後を付けて写真でも撮っていろ。それで両親に定期的に脅迫文と一緒に送っておけ』

『承知致しました』


 そう言って、彼女は部屋を出て行った。


『さあどうだ。実際の犠牲者を目の前にした感想は』

『……っ』


 震えを止めることなんてできなかった。カタカタと震える体を抱き締めてくるアザミの手など、振り払えない。


『何をそんなに怯えている。お前は正しいことをしているんだ。世間など気にするな。お前は、私のために尽くしてくれればそれでいい。……ただ私のために、ここにいればいいのだから』


 そうしてアザミは、今度は初めて見る写真を見せてきた。


『……葵? 今度のターゲットはこの二つの家だ。ここの二つの家を放っておいたら、お恐らくここを飲み込んでしまうほどの実力を発揮するだろう。どちらの家にも、どうやら頭の切れる奴がいるらしいからな』

『…………』

『こちらの家の子を、こちらの家が引き取ったみたいでな。どちらの家も、血を重視しているバカな家だ……どうだ? ここの二つを、壊すほどいかなくてもいい。ぐちゃぐちゃにしてやろうと思うんだが、何をしてやったらいいと思う?』


 震える声で提案したのは、子どもに実の子どもじゃないことを話させること。壊さなくていいなら、少しだけでいいなら、それだけでぐちゃっとなるだろうと思った。


 花びらを千切られたのは…………


                  牡
                  丹
                  と
                  ツ
                  ツ
                  ジ
                  の
                  花。


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