すべてはあの花のために⑦

 葵があんな状況だったので、中学校は最初からの編入は難しいかもしれないなと。それなら遅れてでもいいから入れようと、話は落ち着いていた。


『…………』


 彼を手に入れるため、誘拐をしようとしたが失敗。その代わり母親は重傷。父親は中途半端の試作品状態のものを身につけて廃人と化した。葵は、赤からそう聞かされた。

 夕方。葵の時は、亡霊のように外へ出てあそこへ行き、会うことももうないのに、涙を流しながらいつも帰ってきていた。
 通りかかったのはある廃工場。ただ家に、帰りたくなかった。
 苦しい。つらい。もう、……死んでしまいたかった。でも、いつも赤がそれを邪魔した。


『……。もう。ひとりぼっち……』


 誰かがそばにいることが。同じ気持ちを持っていることが。今の葵には、必要だった。


『……。だれ、でもいい……』


 ただそばに、……いてほしかった。


『……たす、けて……』


 仲良くなれなくたっていい。誰かの笑顔が見たい。誰かの温かさを、感じたい。
 こんなところ、いたとしても猫ぐらいだろう。何の希望も持たないまま、葵は重い扉を開けてみた。

 誰かいるなんて。知る由もない。ガラガラッと大きな音を立てて開けた途端、何かがびくっと動いて勢いよく隠れた気がした。


『……。なん、だろう……』


 ……なんだろう。なんだろう、……なんだろう!
 何かの動物なら、一緒にいても殺されないかな? だったら飼ってあげたいな。小動物大歓迎だ。

 葵は、何かが動いた方へ猛ダッシュ。


『だだだだだだーっ!!』

『!?!?!?』


 辿り着いた物陰に隠れていたのは、とっても綺麗な黒い猫……ではなく、黒髪の青年だった。


『……? あれ? 黒猫さん……?』


 とっても、綺麗だった。でも、どうしたのだろうか。顔や手足に傷があちこちたくさんあった。


『……痛い、ですか?』
『……まあね』


 視線を初めは合わせてくれなかったけど、ちらっと見えたその瞳が金色で、綺麗な黒髪によく映えていた。


『とっても綺麗な黒い髪! 瞳もキラキラですね?』

『……あり、がとう……?』


 ありがとう!? お礼なんて言われたの、いつぶりだろう!


『わあー!! こちらこそ!!』

『……はい?』


 人と話すのなんていつぶりだろう! こんなに楽しかったっけ!
 嬉しくて、ついついにこにこと笑ってしまう。そんな葵を見て青年は、ただ不思議そうに目をパチパチしていた。


『……? あ! あの、……こんばんは?』

『……こん、ばんは』

『わあ! 返してくれた!』

『……?』

『あの、どうしてこちらへ?』

『………………』

『無理には聞きません。言いたくないことならなおさらです』

『え……?』


 急に大人びた葵に、青年は少し驚きを返した。


『わたしの名前は……えっと。……は、はな! ハナって言うんです!』

『…………』

『名前……。だけなら、大丈夫かな……』

『……?』

『お名前はなんて言うんですか? わたしは、あおいって言うんです』

『……し、んと』

『しんこ?』

『いや信人。……信じる人って書いて、信人』

『おー! しんとさん! わたしは、……こう! これで、葵です!』


 名前……。ルニにも、ちゃんとこの名前だけでも言っておけばよかったな。


『(……一回でいいから、あおいって呼んでみてもらいたかったな)』


 しょんぼりしている葵を、心配そうにシントが見つめる。


『……何か、悲しいことでもあったの』

『……。え……?』


 急に声を掛けられてビックリした。


『悲しい顔してたよ。何があったの』

『……。ありがとうございます』

『いや、聞いただけですけど……』

『これは、言いたくないので。……すみません』

『……そう』


 せっかく心配してくれたのにっ! バカバカ!


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