すべてはあの花のために⑦
裸見た?
5月10日。遠くの方で聞こえるやさしいメロディーに、意識がゆっくりと浮上してくる。
「……ん。……なに? 電話……?」
……いや、違う。これって……。
「……っ、わたしのスマホだ!」
電池切れてたはずなのに鳴っている。相手はトーマ? いや、流石にこんな時間に掛けてこないか。
「でも、なんで充電が……」
画面を開いて、葵は慌てて通話のボタンを押した。
「もっ。……もし、もし……?」
『あ。……もしかして寝ておられましたか?』
一度だって、掛かってくることはなかったのに。
「い、いえ。……ちょうど起きようと思ってたので」
『え? こんな時間に?』
そう言われ、一度スマホを耳から外すと、まさかの2時ジャスト。
「ち、ちょっと今からオムライスを……」
『……それこそこんな時間に?』
「ははは。で、ですよねえ……」
自分も掛けることはなかった。頼ってばっかりじゃダメだと思って。
『……やっと、声が聞けた』
甘い声で、そう囁かれるだけで、胸が苦しくなる。
「……怪盗。さん……っ」
『……はい。なんですか。あおいさん』
そうやって、名前を呼んでくれるだけで、胸がとくんと音を立ててる気がする。
……でも、もう大丈夫。ちゃんと、恋とは違うってわかったから。
「……お元気でしたか?」
『元気なわけないじゃないですか』
「え?」
『何故一度も電話をくださらなかったんですか。ずっと待っていたのに』
「……かいとう、さん……??」
『……また、無理していませんか』
「……かいとう。さん……」
『溜め込んでませんか。……お話ししたいこと、あるようでしたら聞かせてください』
やさしい声で、そう聞いてきてくれる。声を聞くだけで安心できる。
会ったらきっと、……抱きついてしまうかもしれない。
「……話。聞いてくれますか?」
『……はい。もちろんですよ』
それは、あれから葵がどこまで変われたのか。
「怪盗さん? わたし、ちゃんと変われましたよ」
人を、好きになりました。大切な人が、いっぱいできた。みんなを守ってあげたい。
「運命は、まだ変えてもらっていません。でも、ギリギリまで信じて待ってるので」
『え……?』
「だから、……怪盗さん。待ってます」
『……ありがとう、ございます』
「道は、……最悪な方向に変わっちゃいました」
『……何とかします』
「はい。信じてます。……わたしの考えも、ちょっと変われたんですよ」
『……よかった』
「みんなに伝え方はちょっと難しいですが、……それでも。ちゃんとわかって欲しくて」
『ちゃんと、わかってくださいます』
「いっぱい背中押してもらいました。……ちゃんとお礼、言いたいんです」
『……そう、ですか』
「もちろん、怪盗さんにも」
『え?』
「きちんと会えたその時は、ちゃんとお礼。させてくださいね?」
『……はい。是非お願いします』
「今まで、つらいことがたくさんありました。でも、頑張って乗り越えてきました。だから、……そろそろいいと思うんですっ」
『……いい、とは……?』
葵はクスッと笑う。
「そろそろわたし、……幸せになっていいんじゃないかって」
『――――』
電話の向こうは、はっと息をのんだ。
「怪盗さん。信じて待つって、つらいですね。今までわたし、突っ走ってきたので。待ってるって、性に合わないんです。でも、ちょっと休憩って。そう言われて。だから、……信じて待ってるんです」
『…………』
「……ちょっと、怖いです。やっぱり。でも、……楽しみですね? 運命が変わるのが」
『…………、ーーます』
「え?」
『私が、必ず変えます。何もかも、全て』
「……はいっ。ありがとうございます」