すべてはあの花のために⑦
言い終わえた葵は、もう一度ゆっくりと腰を下ろし少しずつ東の空を昇る朝日を見詰めていた。しばらくそうしていると、肩にそっと何かが掛かる。
「……風邪、引いちゃいますよ?」
ここにいるはずのないアイが、自分のコートを掛けてくれた。
「……あい、くん……? なんで、ここに……」
「きっとこちらだろうと思って。……レンに連絡したらそうだと言ったので。急いで来ました」
遠くの方で、レンは誰かと電話をしていた。
「……あおいさん。話しておきたいことが、あるんです」
「……? はい。なんですか?」
アイは、葵の横に座って一緒に朝日を見上げた。
「俺は、あおいさんのことがずっと前から好きでした」
体が弱くて、頭も悪い、運動神経もない。そんな時に、あなたの様子を少しだけ覗いたことがあるんです。
頭もいい。運動神経も抜群。それに、とっても可憐で可愛らしい。そんなあなたは、俺の目に一際輝いて映っていました。俺は、そんなあなたに少しでも近づきたくて、いろいろ頑張りました。……寂しそうなあなたの、支えになってあげたかったから。
「……あい、くん……」
申し訳なさそうに笑いながら、アイは続ける。
「あんなことを言ってしまったから、してしまったから。信じる信じないはお任せします」
こちらによく来ていたのも知っています。ここならあなたと、俺があそこの子どもだと言わずに接することができるかもと思っていました。……でも、俺には泣いているあなたに掛ける言葉など見つからなかった。声を掛けたくても、掛けられなかったんです。
父に、何で俺はあなたと会うことも、話すことも許されないのか、聞いてみました。……あなたに俺は、悪影響だと言われました。確かにその通りです。頭だってよくないし、運動だってできない。
その時に、ぽろっと零してしまったんです。『あの花畑でよく話してる子はいいのか』と。
「俺も、その一言がきっかけであんなことになるなんて思いもしませんでした」
アイは、一度葵にきちんと向き合って頭を下げる。
「あおいさん、ごめんなさい。俺の無責任な発言のせいで、あなたの大切なものを奪ってしまった。あの時はあの人たちの前だったのでああ言ってしまいましたが、本当にずっと後悔してました。ずっと。……っ。謝りたかったんです」
アイはずっと頭を下げていた。
「……アイくんは。一体何に謝る必要があるでしょうか」
「……え?」
小さな声で葵がそう言ってからようやく、アイは頭を上げる。
「アイくんはただ、わたしと話したかったと思ってくれただけでしょう? それの、何が悪いことなんですか?」
「……でも。俺のせいであの子は……」
そう言うと、葵はゆっくり首を振る。
「本当にそうなら、アイくんが謝るべきはあの子であり、その家族や友人たちです。……けれど、そうではないでしょう? 確かにわたしは、あの子のおかげで気持ちを保ってたところがあります。今でもそうだと思ってます」
「あおいさん……」
「だから」と。葵は、アイに小さく笑いかけた。
「わたしはあなたにこう言います。きちんと話をしてくれて、ありがとう。……わたしも、あなたとずっと、話してみたかったです」
「……! ……っ。あおい、さん……」
アイは、冷たくなってしまった、小さな葵の体を抱き締める。
「ずっと。……ずっと。あなたのことが。あなたのことだけが。……すきでした」
「……。ありがとう。アイくん。でも、わたしはあなたのこと、幸せにはできないから……――――」
アイの肩に頭を乗せながら、小さく言葉をこぼす。