愛しいあなたに紅い花を
2章


ネオンの光が、少しずつ遠ざかっていく。



人通りの多い通りを抜け、細い路地へ。



足音だけがやけに響く。



『……あの』



思わず小さく尋ねる。



「黙ってついて来い」



振り返りもせずに返されるその言葉に、はい、と小さく頷いた。



やがて綾藤が立ち止まる。



目の前にあるのは、古びた雑居ビル。



看板もほとんど消えかけていて、とても人が集まる場所には見えない。



(……ここが)



胸が、どくんと鳴る。



「行くぞ」



短く言って、扉を押し開ける。



ギィ、と鈍い音が響いた。



『……失礼、します』



小さく呟いて、その背中を追う。



中は思っていたよりも静かだった。



薄暗い廊下。



煙草の匂いが、わずかに残っている。



怖い、というより——



(……変な感じ)



違和感。



足音を殺すように歩きながら、階段を上がる。



二階。



綾藤が一つの扉の前で止まる。



そして、何も言わずにすぐドアを開けた。



一歩、踏み入れた瞬間——



空気が変わった。



ソファ、テーブル、散らばった雑誌。



ぱっと見はただの部屋。



でも、そこにいる人たちの視線が、一斉にこちらを向いた。



『……っ』



息が詰まる。



「お、れいくんおかえり〜」



軽い声で手を振ったのは、茶髪に近い明るめの髪の男。



ソファにだらっと座りながら、こちらを興味深そうに見ている。



「……誰、それ」



もう一人、壁にもたれかかっていた男が、静かに口を開いた。



黒髪で、目が細い。



じっと見られているだけなのに、背筋が冷える。



そして、その隣。



無言でこちらを見ている男。



表情がほとんど動かない。



ただ、観察するような視線だけが鋭い。



(……この人たちが)



「新入り候補」



綾藤が、あっさりと言った。



視線が、また集まる。



「へぇ〜」



最初に喋った軽そうな男が、にやっと笑った。



「女の子じゃん。珍し」



そう言って、立ち上がる。



距離が近づく。



『……っ』



思わず一歩引きそうになるのを、堪える。



「名前は?」



『……水瀬、あざみです』



できるだけ柔らかく。



お姉ちゃんみたいに。



「へぇ、水瀬ね」



じっと顔を覗き込まれる。



「怖くないの?」



試すような声。



『……少し、怖いです』



正直に、でも小さく笑う。



『でも、それ以上に……知りたいので』



その言葉に、一瞬だけ間が空いた。



「……ふーん」



興味を持ったように目を細める。



「俺は一ノ瀬楓(いちのせ かえで)。よろしく、新入りちゃん」



軽く手を振られる。



「……東雲柊(しののめ しゅう)」



短く名乗ったのは、壁にもたれていた男。



それ以上は何も言わない。



視線だけが、刺さる。



最後に。



ずっと無言だった男が、ゆっくり口を開いた。



「……神崎蓮(かんざき れん)」



低い声。



感情が読めない。



その視線に、なぜか少しだけ背筋が寒くなる。



『……よろしく、お願いします』



小さく頭を下げる。



そのとき。



不意に、楓がくすっと笑った。



「なんかさ」



軽い声。



でも、その目は鋭い。



「どっかで見たことある気がするんだよね」



心臓が、止まりかける。



「……は?」



綾藤が低く返す。



「いや、気のせいかもだけど」



楓は肩をすくめた。



「なんか既視感ある顔してる」



空気が、ほんの少しだけ変わる。



『……?』



きょとんとしたように、小さく首を傾げる。



——お姉ちゃんみたいに。



「……まあいいや」



楓が笑って流す。



けれど。



(……今の)



息が浅くなる。



バレた?



いや、まだ。



まだきっと大丈夫。



「で、れいくん」



楓が振り返る。



「この子、どうすんの?」



その問いに。



綾藤は、少しだけ間を置いてから答えた。



「しばらく置く」



あまりにもあっさりと。



「逃げなきゃな」



その一言で、全てが決まる。



『……』



逃げる気なんて、最初からない。



ここが、始まりだから。



復讐の。



そして——



もう一度、壊れるための場所。



そう分かっていながら、私は、その場から動かなかった。

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