推しは王子様だけど、恋したのは隣の君でした

第十三話 「君への歌」

 十一月に入り、日が落ちるのも早くなっていた。

 凜花はベッドの上にうつ伏せになり、いつものようにスマホでバンド動画を再生していた。

 すると、朝陽からのメッセージが届く。

「久しぶりに『Brown Sugar』でライブするよ。もちろん招待するよ」

 画面を見つめながら、指が止まる。

「私が行ったら迷惑じゃない? あなたのファンが嫌がるんじゃない?」

 ――過去の記憶がよみがえり、どうしても気になってしまう。

 少しの間を置いて、朝陽からの返信が届いた。

「気にし過ぎだよ。それに、君に聴いてほしい曲があるんだ」

 ――私に聴いてほしい曲?それって……

 凜花は、スマホを握りしめた。

 ――真琴もファンからのプレッシャーを乗り越えた。私もここで立ち止まっていたら、前へは進めない。

 意を決して、メッセージを送る。

「分かった。行くよ。楽しみにしてる」

   ◇◇

 ライブ当日。

 受付で名前とバンド名を告げ、中に入る。ステージがよく見えるフロア前方に立ち、演奏の始まりを待った。

「またあの子いるよ」

 背後から聞こえたひそひそ声に、一瞬胸がざわつく。

 けれど、凜花は目を閉じ、深く息を吸う。そして、気にしないように前を向いた。

 ステージの照明が落ちる。

「ステラノーツ」のメンバーが次々にステージに上がり、再度照明がステージを照らす。

「みんな、来てくれてありがとう!」

 朝陽が、さわやかな笑顔でマイクを握る。

 次の瞬間、軽快なドラムのビートが響き、演奏が始まった。

 いつものように明るいポップなサウンドが、ライブハウス全体に広がっていく。

   ◇◇

 セットリストの最後の曲を終えると、朝陽が深呼吸しながらマイクを持ち直した。

「今日はもう一曲、聴いてほし曲があるんだ」

 そう言うと、エレキギターを降ろし、アコースティックギターを手に取った。

 会場が静まり返る。

「大切な人のために書いた曲です」

 朝陽の言葉に、観客がざわめく。

 ――大切な人……?

 凜花の胸が小さく波打つ。

 朝陽はギターの弦を優しくはじき、静かに歌い始めた。

 ♪誰にでも 見せたくない心の影があるよね
  人を愛し 素直になりすぎて
  傷けたり傷ついたりした過去も
  流してきた涙も そっと胸にしまって
  過去の痛みが まだ残るなら
  僕が抱きしめてあげるよ
  ……
  だからもう 振り返らないで
  僕の手を 握って歩こう
  ……

 ――この曲は……。

 凜花は息をのんだ。

 彼の優しい歌声が、真っ直ぐに胸に届く。

 会場にいる誰もが聞き入っている。でも、朝陽の視線は、時折こちらを向いていた。

 まるで、確かめるように。

 凜花の心臓が、少しずつ速くなっていった。

   ◇◇

 ライブが終わると、会場は大きな拍手と歓声に包まれた。

 凜花は胸の鼓動を抑えながら、フロアの隅で朝陽を待った。

 しばらくして、朝陽がバンドメンバーたちと軽く会話を交わしながら近づいてきた。

「朝陽……あの曲……」

 声をかけようとしたその瞬間、周囲のファンたちが彼を取り囲む。

「今日は最高だった!」

「新曲、めっちゃよかったよ!」

 朝陽は笑顔でファンと話しながらも、一瞬だけ凜花と視線を交わした。

 そして、ふっと柔らかく微笑み、口の動きだけで「また話そう」と伝えてきた。

 凜花は小さくうなずく。

 ――また、話せる時に。

 自分の胸に広がるこの気持ちを、もう少し整理してから。
< 14 / 16 >

この作品をシェア

pagetop