あなたの記憶が寝てる間に~鉄壁の貴公子は艶麗の女帝を甘やかしたい~
入れ替わりってこと。
絡んだ糸は私の心もほどいていく。

「珠子勘違いしてるみたいだけど千世は結婚して子供も一人いるよ」

マレーシアで出会った日本企業の人と出会って結婚したらしい。
「早く聞いてくれれば良かったのに」と私の頭を撫でてくれる。

「色々誤解や他にも話はあるけどこれまた受け取ってもらえる?」

返した指輪を目の前にチラつかせ左手薬指におさめオデコにチュッと音を立てた。

「まずは珠子を充電させて」

私の目を熱を帯びた目で見つめて唇を寄せた。


◇◇


掃除も終えて今日の夜ご飯のおでんは朝から煮込み続けて後は彼を待つだけ。
まったりゆっくりの生活のおかげで胃の調子も良い。

「幸せってこんな事を言うんだろうな」

ベランダで干していた布団にしがみつき優しい日差しをほかほかと浴びながら下の公園をみてしみじみと思う。

「明日か…」

今朝とうとう蘇芳から連絡があり明日行かなくてはいけない。
どんな結果が待ち受けてるか分からず不安になる。
彼の転勤の話も詳しく聞いてない。

「付いて行くべきだよね…」

やっと“本当の夫婦”と昨晩はベッドで笑い合った。
こんなに幸せなんだからと頭では分かってる…
今は結婚していても同じ館で働けてる。
それは彼の肩書が“統括マネージャー”だから。
常駐は東館だが仕事的には全館を見てる。

「異動は無理か…一緒の店舗に夫婦で居る人居ないしな」

大抵結婚すると片方は異動になる。
一緒に長期休暇も取りづらい接客業では別々の部署の方が楽と考える人が多いらしく異動願が本人達から出るのがほとんど。
単身赴任をするのは海外事業部や上役希望の若手が栄転で行くパターン。
彼は社長直々の頼みで東南アジアの統括部長で行くらしい。

「もしかしたらクビもある…だったら心置きなく辞めれる?どうなんだろう」

明日になれば分かる。
彼には昨晩全部話してる。
だいたいの事情は聞いてたみたいで話すのはスムーズだった。
ただ…「今度から何でも相談する事!」と怒られたけど。

「あぁ、明日か」

二度目の“明日”を愚痴って布団を抱えた。



「玄関まで凄く美味しそうな匂いが」

充分染み込んでる土鍋にまた火を入れると美味しそうな匂いがリビングを覆っていく。

着替えを済ませた彼が火を止めて土鍋をテーブルのコンロに運び私も後に続く。
鍋を囲み思い思いの具材に口にしては今日あった事を話す。

「大森部長の後任を探してるらしい」

倫理委員会を急遽招集して社員からの聴取をした。
部長のパワハラ騒動は地方の蘇芳の店舗への異動と社員の一つ上の役職(主任)に降格と言う事で落ち着くらしい。
本当は懲戒解雇でも良いくらいの案件だけど定年まで2年と言う事で今回は長年蘇芳で働いてくれた事への恩赦だと思う。

「少しは東館が良い雰囲気になれば私も救われます」

私への処分的な物は彼の耳には入ってない。
明日私に直接話すと言う事だと思う。

「珠子の周りへの優しさと仕事振りは皆んなから声が上がってるから処分は今の休暇で済むんじゃないかな」

元々仕事人間の私は仕事が無いのは相当キツい。

「休暇…私には1番つらい処分ではあります」

胃の調子も戻りつつあるのに店舗の状況を確認出来ないのは痛い。
復帰後には残業が確定してる。

「仕事は俺も手伝うから今は休養しなきゃね」

手伝うと笑顔で言ってくれるし、私の処分も軽く済むと明るく話す。
本当は転勤付いて来て欲しいんじゃないのかな…
仕事人間の私を近くで見てきて言えないの?
心の中では聞けるのに本人にきけない。

「熱ッ!」

「もう、火傷しますよ」

熱々の大根を口に入れすぎたのか彼は苦笑いを浮かべ私は急いで冷たい水を冷蔵庫に取りに席を立った。
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