あなたの記憶が寝てる間に~鉄壁の貴公子は艶麗の女帝を甘やかしたい~


◇◇


「十分すぎるほど休めたんじゃないか?一段と美しさに磨きがかかってる」

これは会長室での会話。
誉め言葉から始まる報告はさすがに怖い。
一連の騒動での話から報告、これらは彼から聞いてた話と同じで私の処分も彼の言ってた通りになった。

「これを見たらさすがにストライキされかねんからな」

嘆願書と書かれた書類とつづられた三館チーフの名前。
めくると様々な名前の数々。
中原さんに…蓮池さん、金子さん沢山の東館社員の名前。

「一番堪えたのは君に処分を下すなら転勤しないとせがれに言って来たらしいぞ君の旦那は。本当に愛されてるんだな」

せがれとは社長で彼は軽く脅しを掛けたんだろう。
彼の仕事振りと才能は誰もが認めてる。
他に行かれて敵にしたくないのが本音なのかも。

「愛されてますね…皆んなに」

奥歯を噛みしめて涙をグッと我慢した。


ートントン


「どうぞ、入りたまえ。さぁ、藍沢チーフお迎えだ。体調と相談して好きなタイミングで出社しなさい」

「失礼します。妻への話はよろしいですか?」

「きちんと説明した。安心して転勤してくれ」

会長から無言のため息が聞こえて来そう。
「承知しました」隣から聞こえた声に顔を覗くと“鉄壁の貴公子”が笑みを浮かべてた。



「あの、私はこのまま帰るんですけど…」

彼の車に乗せられ問うと「俺も休んだ」と私の頬を撫でて前を見る。
今、聞かないといけない。

「私に付いて来て欲しくないんですか?社長にましてや会長にも脅しみたいな」

処分が無くなる=東館に私は残る
これでは辞めて欲しくないみたいだ。

「連れて行きたい気持ちはあるよ。ずっと一緒に居たいからね」

「でも」と彼は続けた。

「これから長い時間一緒に過ごすのにたかが1~2年離れるだけでこっちでの珠子の人生を縛って後々後悔させる方が俺はつらい」

「…」

言葉が詰まる。
付いて行きたい気持ちはある。
嘆願書に連なった名前に逃げるように辞めるのは無理。
彼は全部分かってたんだ。

「珠子?」

「ごめんなさい…でもありがとうございます」

涙が頬を伝った。
本当に心の広い優しい人。

「優しい…」
「優しくは無いよ。結局縛る事してるから」

私の言葉を遮り車を静かに停めた。

「ここ実家ですよね?」

「あ、ちょっと違う。降りて」

ちょっと違う?
ニコニコの彼の後を追うように実家の門に歩くはずなのに…

「施主見て」

隣の建築中の看板らしき物に目をやった。

「せ…しゅ、一ノ瀬 大輝⁈家建て、、建てるんですか⁈」

「そうだよ。ごめん黙ってて。俺が居ない間にまた何があるか分からないだろ?」

そうですけど…
考える事の規模が違い過ぎる。

「一応図面引いて貰ったけど珠子の意見も聞きたいし。実家の敷地内は嫌だったかな?」

あのご家族のそばに…

「嫌どころか隣が良いです。一緒でも構いません」

私は嬉しいけど彼は「勘弁して」と私を抱きしめて、

「一ヶ月に一度は帰って来るからここで待ってて」

腕に力を込めてくれた。

余談で後から聞いたのだけどプロポーズしようと思った時も家を建てようと決めた時も、

「謎のおばあさんが現れていつも何か困ってたんだよな…」

「そのおばあさんて背が曲がっててこのくらいの髪で?」

「そうそう」

まさか…

「何か買いました?」

ポーチに入れてるお守りを思い出した。

「特にお金は…ただ三万円のお礼だって意味が分からないけど」

やっぱりあのお守りは強運を運ぶ物だったんだ。
て言うか…あのおばあさんて何者?

「俺の居ない間、何か買うのやめろよ。知らない掛け軸とか増えてるとか本当に」

「買いませんよ!十分幸せですから」
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