すべてはあの花のために❽
とある国を治めていた皇子は、各地を巡回していた美しい巫女に恋に落ちました。
皇子は巫女に尋ねました。
どうか、私の后になってくれないかと。
巫女は首を横に振りました。
私には、やらねばならぬことがあるのですと。
皇子は問いました。
それは一体どのようなことなのかと。私の后になってからはできないのかと。そのやらねばならぬこととはいつ終わるのかと。
巫女は、苦笑を浮かべながら答えます。
私のように力のある人間は、この命果てるまで、それを必要としている者の手を拒むことなどできはしないのです。それが、私に下された神命なのですから。
そうして巫女は、再び各地を巡る旅へと向かっていきました。
しかし皇子は、あの美しき巫女を諦めることなどできませんでした。
各地に使いを遣り、ある時は食い物を。ある時は召し物を。ある時は宝物を。巫女を見つける度に貢がせました。けれど、申し訳なさそうな顔の使者と共に、それらは手を付けられることはなく皇子の元へと戻ってきます。
それでも諦めきれなかった皇子は、様々な策を弄し巫女をこの国へと訪れさせました。
そして皇子は、巫女に尋ねます。
どうか我が国に、其方の力を貸してはくれまいかと。
巫女は答えました。
あなたは、なんとかわいそうなお人なのでしょうかと。
巫女は皇子の后となることはありませんでしたが、愚かな皇子から国を守るため、この地に住まうこととしたのです。
飢餓で苦しんでいる者には食い物を与え、怪我をしている者には手当てをし、家族が養えない者には身につけていた衣や使うことのなくなった巫女の道具を与え、金に換えるようそっと言い聞かせました。
慈悲に溢れたその巫女を、その土地の人々は崇め奉りました。
いつしかその巫女はこの地を治める姫となり、その命尽きるまで神命を守り抜いたのでした。