極氷御曹司の燃える愛で氷の女王は熱く溶ける~冷え切った契約結婚だったはずですが~
砂埃と人波、商人たちがくゆらせる煙草の煙をかき分けながら進む。
「妻への土産を探しているんだ」
「妻? おく……さま、三花様?」
「他に誰がいるんだ」
「いえ、驚いただけです。社長が誰かに土産物を買うという事態に」
その言葉に苦笑した。
「いままでもあっただろう、剣道場の仲間なんかに」
「ですから、個人へのこんなお土産というのが初めてなのですよ」
俺は小さな露天の前で足を止め、商品を眺めながら聞き返す。
「そうか?」
「そうですよ」
「まあ、妻だからな」
一生を共にする伴侶だ。他の表情を見てみたいと思うのも自然なことだろう、きっと。
現地の言葉で店主に話しかけ、小さな猫の置物を手に取る。
この間、三花がテーブルに大切そうに並べていたのと同じくらいの大きさだ。
トルコブルーで、アラビア風の紋様が胴体に描いてある。ヴィンテージだと一目でわかる掠れ具合だった。
たくさんの人に愛されてきた品、か。
交渉してその人形と、ヨーロッパ風のアンティークリボンを買い取った。
合計で、日本円で一万円もしなかった。
それでも相当ふっかけられているだろうが、俺は宝物でも携えた気分になる。
帰国してすぐさま家に向かう。普段は会社に戻るのだけれど、どうしても早く土産を渡したかった。
今日は休みのはずだ。
またサンルームでくつろいでいるのだろうか。
喜ぶだろうか? 笑うのだろうか。
想像すると、肋骨の奥がふんわりと柔らかく、そして温かい。
不思議な気分だ。
運転手が静かにハンドルを握る車の後部座席で、横に座る谷垣はさんざんに「宝石でなくて良かったのか」などと聞いてきていた。
「宝石なんか、彼女なら自分で買うだろう」
「それはそうですが。蚤の市で手に入れた猫の人形なんかで宜しいのですかと聞いているんです。あのあとパリにも行ったのですから、鞄でもアクセサリーでもいくらでも見繕えたでしょう」
「いいんだ。かわいいだろう、これは……ペルシャ猫だろうか。妻にそっくりだ」
気品高く、清潔な冷涼さの合間に可愛らしさが見え隠れしている。
つい頬が緩むと、視線を感じる。
「どうした? 谷垣」
「いえ。案外とうまくやられているようで安心したのです。この様子ならお子様もじきに……」
「ああ、それはない。妻が子供は欲しくないそうだ」
「……は?」
「そういう契約だ」
「ちょ、ちょっとお待ちください宗之さまっ」
ちょうど家の前に車が着く。
わあわあ騒ぐ谷垣に肩をすくめてみせ、運転手がドアを開きに来る前にさっさと車を降りた。
「宗之さまっ、お世継ぎ、お世継ぎはあっ」
「時代錯誤な。送ってやってくれ」
後半は運転手に告げ、俺はさっさと家に入る。
自宅はレトロな外観だが、電子キーだ。
静かに家に入り、リビングに向かう。
思った通り、三花はサンルームにいた。ぼんやりとティーカップを口にしている。
立ち止まり、黙って妻を眺めた。
綺麗な人だと改めて思う。
佇まいが美しい。あれは外見ではなく、中身に起因するものだなと考えた。
そうではくては、あの新雪のような凛とした気高さは醸し出せない。
「ただいま」
「きゃあっ」
三花はカップを取り落としそうになるほど驚いた。俺は目を瞬き、三花を見つめる。
驚くと、あんなに目を丸くするんだな。
長いまつ毛に縁取られた、綺麗で大きな瞳に俺が映っている。
それに不思議なほどの充足感を覚えた。