極氷御曹司の燃える愛で氷の女王は熱く溶ける~冷え切った契約結婚だったはずですが~
◇◇◇
しかし、何はともあれ、宗之さんが私のためにあのアンティークショップを探してくれたのは本当のことだ。
「なにか宗之さんにお礼をしなくちゃね……」
梨々花とアンティークショップへ行ったことで、改めてそんなふうに思った。
それにしたって、男性の喜ぶものなんかなにか全くわからない。
自分で調べたり恥ずかしく思いながらも梨々花に相談したりしつつ、腕時計にしようとなんとか決めた。
これは喜んでもらいたいとか、お礼の気持ちとか、そんなんじゃなくて、私が彼に恩を売られた状態なのが嫌なだけだ。それだけなのだ、ほかに意味なんてないんだからね!
誰にしているのかわからない言い訳を内心で繰り返しつつ、梨々花と会った翌日に私は銀座にある老舗の高級腕時計ブランドのショップに向かった。
「これは寒河江様。ようこそいらっしゃいました」
前回来たときは旧姓だったのに、情報をチェックしていたらしい担当の男性店員はさらりと私に“寒河江”の名を口にした。私も「ご無沙汰しております」と微笑む。
「とんでもないことでございます。ご結婚ということでご多忙だったでしょうに。どうですか、落ち着かれましたか」
店員に奥にある個室に案内されつつ頷いた。
「おかげさまで」
「ところで今日はご自分のものをお探しに? プレゼントでしょうか」
「ええ……その」
少し言いよどみ、続ける。
「その、夫……に」
「かしこまりました。ご指定のブランドなどございますでしょうか」
個室のソファに勧めながら店員が言い、私はちょっと照れながらいくつかブランド名を口にする。
どうしてこんなに照れているのだろう。
宗之さんのことを“夫”と呼ぶのも不慣れで、男性にプレゼントなんか初めてだからだろうとは思うのだけれど、私もそんなに照れなくていいじゃない。
まるで、私が宗之さんのことを意識しているみたいな。
そう、恋しているみたいに……と考えて慌てて打ち消す。
ああもう、私やっぱり変だわ。
店員が時計をいくつかケースに入れて持ってくる。
「どういったイメージで」や、「普段のお召し物の雰囲気は」といった店員からの質問に答え、時間をかけてプレゼントの腕時計を選ぶ。
時間なんかかけたくなかったのだけれど、どうしてかかかってしまったのだ。
「では、これにします」
「かしこまりました」
選んだのは、ビジネスカジュアルっぽい、銀と、黒に近いグリーンを基調とした外国ブランドの腕時計だった。ベルトも同じグリーン。
宗之さんは、普段は金属製ベルトのシルバー系の腕時計をしていることが多い。
ビジネス用のものはたくさん持っているだろう、とあえて外してみたのだけれど……どうだろうか。
「ご主人様、とても喜ばれるでしょうね。お気持ちがたっぷりとこもっているのが伝わるはずです」
店員ににこやかに言われて表情が崩れかける。
気持ちなんてこもっているわけじゃない。そう言いたいけれど、いちいち突っかかるのもなんなので、そっと微笑むにとどめた。頬が少し熱いきがしたけれど……。
「ところで、こちらなのですが。似たデザインでレディースのご用意もございまして」
店員は抜け目なくレディースデザインのものを私の眼前に差し出す。
ケースに入ったそれは、女性用らしく華奢なデザインではあるけれど、文字盤などがメンズのものと同じで、ひとめで揃いのものだとわかる。
「じゃあ、こちらも一緒に」
ついそう口にしてしまったのは、宗之さんがおそろいでティーカップを買ってくれていたせいだ。
……もうひとつくらい、お揃いがあってもいいじゃないの。
そう思ってしまったのだ。
夫婦なんだからと、宗之さんも言っていた。
そう自分に言い訳しつつ、受け取りの日を調整して店を出る。
店員はにこやかにいつまでも頭を下げていた。
まああの値段のものがふたつ売れればね。
自分も商売を始めたからか、どうにも顧客側より販売側に感情移入しがちだ。
店を出て少しして、ひゅうと吹く風に身を縮めた。たまには歩こうと電車で来てみたけれど、普段車だからかコートを薄手にしてしまっていた。
「もうすぐ十二月なのね」
ぽつりとつぶやき、街中がクリスマス一色なのに気が付く。
この間ハロウィンをしていなかった? 仕事が忙しすぎたせいか、季節があっという間すぎる。
夏があんなに暑かったのが噓みたいに、歩けば歩くほど骨の芯まで冷え切っていく。
……と、葉がほとんど散り落ちた街路樹の銀杏の先、道路の向こうに、この間宗之さんに連れていってもらったアフタヌーンティーの店が見えた。
「……あそこ、おいしかったわね。また行きたいわ」
自分の言葉のどこかに、「宗之さんと」という言外の感情が交じっていることに気が付いて、拍動する心臓を落ち着かせようと深く息を吐いた。白い息が空気中に溶けていく。
「はあ……」
そうため息もついでについた瞬間、見覚えのある精悍なかんばせが目に飛び込んでくる。
「宗之さん」
ぽろっと彼の名前が声に出ていた。道路を挟んでいるためか、彼はこっちに全く気が付いていない。
いや、道路は関係ないのかもしれない。
「……ほらね。一緒よ、男なんて」
私のつぶやきは雑踏のざわめきに消える。
宗之さんは女性を連れていた。
華奢で小柄な、でも溌溂とした笑顔が似合う元気そうな女性だ。
私とは違う。全く違う。正反対だ。
彼女ははしゃいでいるようだった。
宗之さんの腕にしがみつき、弾けるような笑顔を見せる。彼と同年代か、少し年上くらいか。
しかし、何はともあれ、宗之さんが私のためにあのアンティークショップを探してくれたのは本当のことだ。
「なにか宗之さんにお礼をしなくちゃね……」
梨々花とアンティークショップへ行ったことで、改めてそんなふうに思った。
それにしたって、男性の喜ぶものなんかなにか全くわからない。
自分で調べたり恥ずかしく思いながらも梨々花に相談したりしつつ、腕時計にしようとなんとか決めた。
これは喜んでもらいたいとか、お礼の気持ちとか、そんなんじゃなくて、私が彼に恩を売られた状態なのが嫌なだけだ。それだけなのだ、ほかに意味なんてないんだからね!
誰にしているのかわからない言い訳を内心で繰り返しつつ、梨々花と会った翌日に私は銀座にある老舗の高級腕時計ブランドのショップに向かった。
「これは寒河江様。ようこそいらっしゃいました」
前回来たときは旧姓だったのに、情報をチェックしていたらしい担当の男性店員はさらりと私に“寒河江”の名を口にした。私も「ご無沙汰しております」と微笑む。
「とんでもないことでございます。ご結婚ということでご多忙だったでしょうに。どうですか、落ち着かれましたか」
店員に奥にある個室に案内されつつ頷いた。
「おかげさまで」
「ところで今日はご自分のものをお探しに? プレゼントでしょうか」
「ええ……その」
少し言いよどみ、続ける。
「その、夫……に」
「かしこまりました。ご指定のブランドなどございますでしょうか」
個室のソファに勧めながら店員が言い、私はちょっと照れながらいくつかブランド名を口にする。
どうしてこんなに照れているのだろう。
宗之さんのことを“夫”と呼ぶのも不慣れで、男性にプレゼントなんか初めてだからだろうとは思うのだけれど、私もそんなに照れなくていいじゃない。
まるで、私が宗之さんのことを意識しているみたいな。
そう、恋しているみたいに……と考えて慌てて打ち消す。
ああもう、私やっぱり変だわ。
店員が時計をいくつかケースに入れて持ってくる。
「どういったイメージで」や、「普段のお召し物の雰囲気は」といった店員からの質問に答え、時間をかけてプレゼントの腕時計を選ぶ。
時間なんかかけたくなかったのだけれど、どうしてかかかってしまったのだ。
「では、これにします」
「かしこまりました」
選んだのは、ビジネスカジュアルっぽい、銀と、黒に近いグリーンを基調とした外国ブランドの腕時計だった。ベルトも同じグリーン。
宗之さんは、普段は金属製ベルトのシルバー系の腕時計をしていることが多い。
ビジネス用のものはたくさん持っているだろう、とあえて外してみたのだけれど……どうだろうか。
「ご主人様、とても喜ばれるでしょうね。お気持ちがたっぷりとこもっているのが伝わるはずです」
店員ににこやかに言われて表情が崩れかける。
気持ちなんてこもっているわけじゃない。そう言いたいけれど、いちいち突っかかるのもなんなので、そっと微笑むにとどめた。頬が少し熱いきがしたけれど……。
「ところで、こちらなのですが。似たデザインでレディースのご用意もございまして」
店員は抜け目なくレディースデザインのものを私の眼前に差し出す。
ケースに入ったそれは、女性用らしく華奢なデザインではあるけれど、文字盤などがメンズのものと同じで、ひとめで揃いのものだとわかる。
「じゃあ、こちらも一緒に」
ついそう口にしてしまったのは、宗之さんがおそろいでティーカップを買ってくれていたせいだ。
……もうひとつくらい、お揃いがあってもいいじゃないの。
そう思ってしまったのだ。
夫婦なんだからと、宗之さんも言っていた。
そう自分に言い訳しつつ、受け取りの日を調整して店を出る。
店員はにこやかにいつまでも頭を下げていた。
まああの値段のものがふたつ売れればね。
自分も商売を始めたからか、どうにも顧客側より販売側に感情移入しがちだ。
店を出て少しして、ひゅうと吹く風に身を縮めた。たまには歩こうと電車で来てみたけれど、普段車だからかコートを薄手にしてしまっていた。
「もうすぐ十二月なのね」
ぽつりとつぶやき、街中がクリスマス一色なのに気が付く。
この間ハロウィンをしていなかった? 仕事が忙しすぎたせいか、季節があっという間すぎる。
夏があんなに暑かったのが噓みたいに、歩けば歩くほど骨の芯まで冷え切っていく。
……と、葉がほとんど散り落ちた街路樹の銀杏の先、道路の向こうに、この間宗之さんに連れていってもらったアフタヌーンティーの店が見えた。
「……あそこ、おいしかったわね。また行きたいわ」
自分の言葉のどこかに、「宗之さんと」という言外の感情が交じっていることに気が付いて、拍動する心臓を落ち着かせようと深く息を吐いた。白い息が空気中に溶けていく。
「はあ……」
そうため息もついでについた瞬間、見覚えのある精悍なかんばせが目に飛び込んでくる。
「宗之さん」
ぽろっと彼の名前が声に出ていた。道路を挟んでいるためか、彼はこっちに全く気が付いていない。
いや、道路は関係ないのかもしれない。
「……ほらね。一緒よ、男なんて」
私のつぶやきは雑踏のざわめきに消える。
宗之さんは女性を連れていた。
華奢で小柄な、でも溌溂とした笑顔が似合う元気そうな女性だ。
私とは違う。全く違う。正反対だ。
彼女ははしゃいでいるようだった。
宗之さんの腕にしがみつき、弾けるような笑顔を見せる。彼と同年代か、少し年上くらいか。