極氷御曹司の燃える愛で氷の女王は熱く溶ける~冷え切った契約結婚だったはずですが~
どうせ着けてもらえないはずの腕時計が、翌日には彼の腕で時を刻んでいた。
「え」
出社しようと降りてきたリビングで思わず目を丸くしかける。
なんで?
三つ揃えのスーツ姿でコーヒーを飲んでいた宗之さんは私に向かって、微かに目を細め「おはよう」とあいさつを口にした。
私は曖昧に挨拶を返しながら内心首をかしげる。
「どうしたんだ?」
「あ、いえ……その時計、ビジネスにはあまり向かないデザインかと思っていたものですから」
慌てて今思いついた内容を口にする。
「ああ、気に入ったものだから」
サラリと彼は答え、そっと腕時計に目線を向けた。
実際のところ、彼の着こなしがいいのか、腕時計は浮くことなく彼のスタイルになじんでいる。
「そうですか。よかったです。では」
踵を返した私の背後で、彼が椅子から立ち上がる音が聞こえた。
何気なく振り向くと、彼はずんずん私の前まで歩いてくる。
「なんですか?」
宗之さんは私の顔をじっと見下ろす。
そうして無言で私の髪の毛に触れた。
勝手に心臓が跳ね、切なく痛む。
梨々花の『恋よ』って言葉が浮かんで、同時に心臓に突き刺さったままの氷柱みたいな、あの太陽みたいな女性の笑顔で苦しくなる。
「こっちの台詞だ」
宗之さんは私の頬に手を当てた。
温かくて、大きくて、頼ってしまいたくなる分厚い手のひら。
私のものじゃない手のひら。
「どうかしたか。昨日から変だ」
「そんなことは」
「何かあれば頼れ。俺は君の夫だ」
私は目を逸らす。夫だから何。なんだと言うの。
たとえ夫だろうと、あなたは私のものじゃない。
「なんでもありません」
私はするりと彼の手から逃れ、玄関ホールに向かって歩く。
ドアを出れば吉岡がいつも通り車の前に立っている。
「寒いのだから、車の中にいなさいよ」
「はは、僕の一日は社長をお出迎えすることから始まるのですよ」
快活に言われ、心がほどける。
そう、私には信頼できる部下がたくさんいる。
早く会社に行こう。おいしいモーニングを持ってきてもらうの。
いい香りのする紅茶と一緒にね。
「コーヒーは当分飲みたくないわ」
車の後部座席に身体を預けながらつぶやいた。あの香りは、どうしたって宗之さんを思い起こさせる。
◇◇◇
私のSNSのアンティーク小物アカウントに嫌がらせのコメントがつくようになったのは、その日の夜からだった。