極氷御曹司の燃える愛で氷の女王は熱く溶ける~冷え切った契約結婚だったはずですが~
掲載した写真の、人形と小物の配置がほかのアカウントの模倣だというらしい。
『写真は盗作だ、みなさんこの人を信用しないで!』と、炎上させようとしているのだけが文面から伝わってくる。
私はベッドでゴロゴロしながら、呆れて相手のアカウントをブロックした。
まったく、ばかばかしい。
けれど相手はあきらめず、別のアカウントでまた書き込みをしてきた。
その上、自演なのか仲間なのかわからないけれど、賛同するコメントもいくつか散見された。
もっとも、ほとんどが私を擁護してくれている。
というか、相手の言いがかりがひどすぎて呆れている。
まあ、嫌がらせは微かに私の気分を害した。
なにしろ、大切な息抜き用の趣味アカウントへの嫌がらせだ。
「かわいそうね」
私は呟き、スマホの画面をスクロールする。
本当にかわいそう。
私がこのまま顧問弁護士に連絡すれば、この人たちの個人情報はあっという間に丸裸だ。
だから、焦りもなにもなかった。
あるのは憐憫だけ。
さてどうしようかしら、となんとなくコメントを眺めていて、批判コメントのひとつに目が留まる。
『この人は泥棒猫。他人の男も平気で盗む』
小さく息をのみ、スマホをスリープにして枕元に伏せる。
思い浮かんだのは、日陰者にしてしまった、あの日差しのように溌溂とした女性。
「彼女なのかしら」
確信はなにもない。
嫌がらせの一環で、適当なことを書き込んでいるのかも。
それでも、弁護士に連絡をとるのはやめにした。
大げさにしたくなくなった。
◇◇◇
その後も不思議なことに、宗之さんはこだわりかのようにあの時計を着け続けた。
「よっぽど趣味があったのかしら」
執務室のデスクでそうつぶやくと、吉岡が「どうしました」と首を傾げた。
ちょうど部屋に戻ってきたところらしい。
「あら吉岡くん、いたの」
「独り言でしたか」
「ええ、まあね。ごめんなさい」
「社長、ご存じですか。独り言が多いのは悩んでいる証拠らしいですよ」
「私が? 悩み?」
私は肩をすくめて見せた。
「そんなものないわ」
一瞬、宗之さんの顔が思い浮かぶ。
溌溂としたあの人の笑顔も。
それから相変わらず続くSNSの嫌がらせも……でも、それを顔に出してはいないだろう。
態度にも。案の定、吉岡は笑顔を見せてくる。
「だといいのですが……僕も最近、独り言が多くなってしまっていまして」
「あら、吉岡君こそお悩み? 仕事のことなら今言って。改善するから」
「いえ。プライベートで……申し訳ございません、心配を。大丈夫です」
にこっと笑う吉岡だけれど、内心とても心配になる。
いつも私を支えてくれている秘書だから、なにか役にたってやれたらと思うのだけれど……。
と、ノックの音がした。
「あの、社長。いまよろしいでしょうか」
「ええ、構わないわ」
返事をすると、受付の女性社員が、悲しそうな顔をして封書を手に入室してきた。
「どうしたの?」
「実は、変な手紙が」
「僕に見せてください」
吉岡が封書を手に取り、中からカードを取り出した。
すぐさま彼は渋面を作り、「まったく、暇な人もいるものだ」と低く言う。
「なあに」
「社長にお見せするほどのものでは。誹謗中傷の類です。続くようなら僕のほうで対処いたしますので」
「いいじゃない。把握しておきたいわ」
しぶしぶといった様子の吉岡からカードを受け取り、印字された文字を見て微かに息をのんだ。
【北里三花は泥棒猫だ。
寒河江宗之にはほかに愛する女性がいるのに、権力と金をかさに着て彼を盗み、自分のものにした。恥を知れ】
私はふう、とため息を吐き出した。
本当にあの溌溂とした女性が、こんな手紙を?
まさか、とは思うけれど疑念が拭えない。
なにげなくカードを裏返す。そこにはティースタンドのイラストが箔押ししてある。
イラストの横に、英語でメッセージが書かれていた。手書きだ。
【We do hope we can go together again sometime】
「アフタヌーンティー……、 “また一緒に”?」
息を吐き出すようにつぶやき、私は吉岡に指示を出す。
「大丈夫よ。無視しておきなさい」
疑念はあくまで疑念だ。
確信もそれに足る証拠もあるわけじゃない。
そう、そもそも宗之さんとあの女性は大した関係ではないかもしれない。
事実としてあるのは、宗之さんとあの人が仲睦まじげに腕を組んでいたこと、予約の取れないアフタヌーンティーのカフェに入っていったこと、SNSの嫌がらせ、アフタヌーンティーを連想させるカード、 “また一緒に”というメッセージ。
断片的な情報が、私の中で勝手にストーリーを作る。
こんなのはいけないわ。理性的な行動じゃない。
いい加減、宗之さんに確認をとるべきよ。でも怖い。
私は真実を知ることが、とても怖い。
内心で自嘲の笑みを浮かべる私に、吉岡が眉を下げた。
「無視でよろしいですか」
「もちろんよ。あまり刺激してもね」