極氷御曹司の燃える愛で氷の女王は熱く溶ける~冷え切った契約結婚だったはずですが~

 私はカードを封筒ごとデスクの奥にしまい込む。
 心臓の氷柱が痛んだ。
 つらいわよね、と思う。
 愛する人が、形式だけとはいえ、結婚しているのだもの。

 あの女性が差出人だとすれば、これくらいのガス抜きはさせるべきだわ。

 もしくは直接会って、私と宗之さんは本当に形だけの結婚で、感情も身体の関係もなにもないのだと説明するべきか。
 ……いずれしようと思っていた別居の時期も、早めなくてはいけないかもしれない。
 そんなことを考えると、氷柱がさらに鋭利になってきた気分になる。
 胸が痛い。
 泣いてしまいそう。でもそれは許されない。

 私は氷の女王なのだ。
 冷静、冷徹でいなくては。
 感情を出してはいけない。

 ふと、アンデルセンの雪の女王を思い出す。
 あなたも少年を奪われるとき、こんな気持ちだったのかしら。
 がらんとした誰もいない氷のお城を見て、あなたは……。

「それはそうと、今日はさすがにお召替えされますよね」

 吉岡の声にはっとした。

「ええ、その予定」

 目線をPCの画面に戻しながら平静を装って返事をする。
 今日の夜は宗之さんのご実家が主催する、財界のトップを集めたパーティーがある。
 父や兄も来るため、行きたくはないがそういうわけにもいかない。
 そもそも宗之さんに会いたくない。
 唯一の救いは梨々花も来ることだろうか。

「お着物ですよね。いつもの先生にお願いしてありますので」
「ありがとう」

 着物は自分でも着られるけれど、格式の高い場所に行くときは着付けを頼んでいる。
 今日の着物は淡いブルーの色留袖。
 雪持ち笹に鶴が上品に配置されているものだ。
 年齢の割に落ち着きのある柄だけれど、クールにみえるところが気に入っている。

「もう少し華やかになさってはどうです? せっかく若くお綺麗なのにもったいない」

 着付けの先生にそう言われつつ、社内で着つけてもらい吉岡の運転で会場のホテルに向かう。
 普段は気にもならないのに、車窓に映る自分を見て「地味かしら」とつぶやいた。

「まさか。社長はいつもお綺麗ですよ」
「あなたたちのいうことは信用ならないわ。いつだって褒めたたえてくるんだもの」

 部下たちはいつだってそうだ。微かに苦笑いを表情に滲ませると、吉岡は「まさか」と眉を上げた。

「社員一同、本心からですよ」
「はいはい。ありがとう」

 ちょうど車がホテルの車止めに到着する。ボーイにドアを開けてもらいつつ、吉岡に直帰するよう指示を出した。

「奥様とゆっくりなさい」

 そう言うと、吉岡は一瞬息をのみ、それから「はい」と笑う。
 ……もしかして、彼の悩みって奥様にかんすることなのかしら。
 聞く時間もタイミングもなく、会場に向かう。
 すでにエントランスホールに宗之さんが立っていて、人目を集めていた。
 きっちりとしたスリーピースの略礼服のダークスーツは、彼の冷徹さを際立たせているようにも見える。
 実際、なんとなく、遠巻きにされている。
 さすが、極氷。
 私はぐっとおへそのあたりに力を入れる。
 父に「ちゃんと結婚生活を送っている」というところを見せておかねば、「約束が違う」と会社に手を出されたりするかもしれない。

「宗之さん」

 私は自然に笑っているかのような表情を顔面に張り付ける。
 ちゃんと笑っているのかしら。
 宗之さんは私に視線を向け、本当に私と会えたことがうれしいと言わんばかりの雰囲気で目を細めた。
 ずきっと心臓の氷柱が痛む。

「君は着物も似合うんだな」

 私は周囲の人々に見せるための笑みを顔に張り付ける。
 それにしたって、宗之さんは本当に仲睦まじい「振り」が上手ね。
 私が頭のなかで作ったストーリーが真実であれどうであれ、「振り」なのは真実だろうから。

 だって彼は私の前ではあんなふうに笑わないもの。

 契約を履行することは、彼にとって息をするくらい簡単なことなのだろう。
 勘違いしていた私が悪いの。
 さりげなく腕を差し出され、内心ため息をつきつつそっと宗之さんの腕を取る。
 思い出すのは冬の路で幸せそうにはしゃいで彼の腕にしがみついたあの人だった。
 心臓で氷柱が痛む。
 ――私は裏切られたと思っているのだろうか。
 最初から私と彼の間にあったのはビジネスライクな関係だけで、そしてそれを望んだのは私なのだ。
 会場となっているホールに入ると、音楽とざわめきに一瞬気が遠くなりかけた。
 このところ、眠れていないためだろうか。

「三花」

 宗之さんの声が降ってくる。

「大丈夫か」
「ええ」

 即答した。これくらいなんともない。矜持だけで胸を張る。私は氷の女王。

「そうか」

 宗之さんはじっと観察するように私を見ている。
 居心地が悪い。と、人波の向こうに父の姿を見つけた。
 目が合う。父は笑顔でこちらに足を進めてきた。

「宗之さん、三花」

 父の声に、より一層表情を硬くする。
 悟られてはいけない。
 気取られてもいけない。
 宗之さんとはきちんと夫婦をしているわ。
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