極氷御曹司の燃える愛で氷の女王は熱く溶ける~冷え切った契約結婚だったはずですが~
溌溂と笑う彼女のこともあるけれど、これ以上一緒にいると、感情が乱れて取り返しのつかないことになると確信があった。
よくない、彼といるのは私にとってよくないことだ。
「だめだ。契約で三年は同居と決めただろう」
「それはそうなのですけれど、宗之さん側になにか特段反対する理由もないでしょう?」
宗之さんは本当に珍しく、珍しくどころかおそらく初めて、私の前でなにかを言いかけて、やめた。
ぎゅっと眉を寄せ、考え込むように唇を真一文字にしている。
あの、冷徹で理知的な寒河江宗之が、表情を崩している。
「宗之さん?」
「すまない、三花。少し考えをまとめたい」
そう言って彼は私に背中を向けた。広くてがっしりとした、男性の背中。
すがりつきたい衝動にかられ、私は必死でそれを胸の底に押し込んだ。
「……わかりました」
去っていく背中に告げる。
ああ、本当に私の感情はどうしてしまったのだろう。
◇◇◇
自分の感情がよくわからないまま、日常は続いていく。
十二月も半ばを過ぎると、寒さがひとしお身に染みる。
「社長、いつもお世話になっております。新しく仕入れた台湾茶、お客様に本当にご好評いただいていて」
うちの会社から直接茶葉を仕入れている、都内老舗ホテルのカフェラウンジ。
半地下になっているこのカフェの天井は吹き抜けになっていて、その高い天井にある照明には大正時代に作られたというレトロなシャンデリアが下がっている。
ところどころに置かれた間接照明にも、同時代の温かな色合いのステンドグラスのランプシェードが使われていた。
ひとり掛けのソファもレトロな布張りのもの。
ゆったりと流れる生演奏のピアノ、天井まである嵌め殺しの大きなガラス越しに美しく整えられた庭園が見えている。
葉を落とし冬の装いとなった大きな銀杏の木と、ピンクの姫椿、寒空から舞いおちてくる美しい雪片。
初雪だ。
寒々しい一方で、澄んだ冬特有の清々しさもある。
そんな私好みの空間で、ついついリラックスして、頬が少しだけれど緩んだ。
「スタッフのみなさんの腕がいいのですわ」
私は芳醇な台湾茶の香りを嗅ぎ、支配人に向かって柔らかく目を細めてみせた。
年末のあいさつ回りでこのホテルに訪れたところ、秘書の吉岡と一緒に、支配人からお茶の誘いを受けたのだった。
「ありがとうございます。ところで、こちら大したものではないのですが」
支配人が振り向くと、ラウンジの入り口から数人のホテルスタッフがやってくる。
手には薔薇の花束を持っていた。
くすんだ風合いの上品なピンク色の薔薇は、花びらの先がくしゅっとかわいらしく縮んでいる。
どことなくアンティークな雰囲気のものだった。
「寒河江社長、上場おめでとうございます」
スタッフに花束を渡され、思わずソファから立ち上がり感嘆の声を小さく上げた。
「よろしいのかしら」
思わぬことに花束に目線を落としつぶやくと、スタッフたちが次々に口を開いた。
「もちろんです! いつも社長には細かな要望まで聞いていただき、従業員一同感謝しているのですよ」
「このラウンジの改装オープンの際なんか、社長手ずから、台湾茶の淹れ方の講習までしてくださったじゃないですか」
「あの教えてくださった方法、とても好評で、新しいスタッフが入るたび引き継いでいるんです」
「社長がいなくては、このラウンジの再オープンはここまで成功しなかったです」
私は胸がじいんとしてしまい、表情を保つので精いっぱいになる。
その後もスタッフたちとしばらく会話をして、二箭目のお茶を淹れてもらう。
この茶葉は一箭目は香りを楽しみ、二箭目から味を楽しむ種類だった。
吉岡とふたり、ゆっくりと味わわせてもらう。
「ああ、おいしい」
「ですねえ。しかし、さすがは社長の人望です」
吉岡がテーブルの上に置いた花束に目をやり微笑む。「よして」と軽く目を逸らし、茶器を両手できゅっと握った。
「……あの」
「なあに、吉岡」
「み、見間違いだったら申し訳ないのですが、社長……涙ぐんでらっしゃいます?」
「そんなことないわ」
言いながらも目頭が熱いのは自覚している。
最近、宗之さんのことで胸が切なく痛むことが多かった。
私って彼にとってどんな存在なのだろうと、自分から始めた契約のくせに考えてしまって。
私は誰からも必要とされてないんじゃないかって。
でも、と私は花束を見る。
こうして仕事で頑張ってきたことが評価されて、誰かから認められて。
それでいいじゃない。
私には仕事があるの。
頼もしい部下たちと、私を必要としてくれるお客様たちと。
吉岡がからかうように私の顔を覗き込む。
「うわあ、明日槍でもふるのではないですか。社長が泣くだなんて……」
「もう、やめなさい」
つい頬を上げた私の目の前で、吉岡の顔が悲痛に染まる。
「あっ」
よくない、彼といるのは私にとってよくないことだ。
「だめだ。契約で三年は同居と決めただろう」
「それはそうなのですけれど、宗之さん側になにか特段反対する理由もないでしょう?」
宗之さんは本当に珍しく、珍しくどころかおそらく初めて、私の前でなにかを言いかけて、やめた。
ぎゅっと眉を寄せ、考え込むように唇を真一文字にしている。
あの、冷徹で理知的な寒河江宗之が、表情を崩している。
「宗之さん?」
「すまない、三花。少し考えをまとめたい」
そう言って彼は私に背中を向けた。広くてがっしりとした、男性の背中。
すがりつきたい衝動にかられ、私は必死でそれを胸の底に押し込んだ。
「……わかりました」
去っていく背中に告げる。
ああ、本当に私の感情はどうしてしまったのだろう。
◇◇◇
自分の感情がよくわからないまま、日常は続いていく。
十二月も半ばを過ぎると、寒さがひとしお身に染みる。
「社長、いつもお世話になっております。新しく仕入れた台湾茶、お客様に本当にご好評いただいていて」
うちの会社から直接茶葉を仕入れている、都内老舗ホテルのカフェラウンジ。
半地下になっているこのカフェの天井は吹き抜けになっていて、その高い天井にある照明には大正時代に作られたというレトロなシャンデリアが下がっている。
ところどころに置かれた間接照明にも、同時代の温かな色合いのステンドグラスのランプシェードが使われていた。
ひとり掛けのソファもレトロな布張りのもの。
ゆったりと流れる生演奏のピアノ、天井まである嵌め殺しの大きなガラス越しに美しく整えられた庭園が見えている。
葉を落とし冬の装いとなった大きな銀杏の木と、ピンクの姫椿、寒空から舞いおちてくる美しい雪片。
初雪だ。
寒々しい一方で、澄んだ冬特有の清々しさもある。
そんな私好みの空間で、ついついリラックスして、頬が少しだけれど緩んだ。
「スタッフのみなさんの腕がいいのですわ」
私は芳醇な台湾茶の香りを嗅ぎ、支配人に向かって柔らかく目を細めてみせた。
年末のあいさつ回りでこのホテルに訪れたところ、秘書の吉岡と一緒に、支配人からお茶の誘いを受けたのだった。
「ありがとうございます。ところで、こちら大したものではないのですが」
支配人が振り向くと、ラウンジの入り口から数人のホテルスタッフがやってくる。
手には薔薇の花束を持っていた。
くすんだ風合いの上品なピンク色の薔薇は、花びらの先がくしゅっとかわいらしく縮んでいる。
どことなくアンティークな雰囲気のものだった。
「寒河江社長、上場おめでとうございます」
スタッフに花束を渡され、思わずソファから立ち上がり感嘆の声を小さく上げた。
「よろしいのかしら」
思わぬことに花束に目線を落としつぶやくと、スタッフたちが次々に口を開いた。
「もちろんです! いつも社長には細かな要望まで聞いていただき、従業員一同感謝しているのですよ」
「このラウンジの改装オープンの際なんか、社長手ずから、台湾茶の淹れ方の講習までしてくださったじゃないですか」
「あの教えてくださった方法、とても好評で、新しいスタッフが入るたび引き継いでいるんです」
「社長がいなくては、このラウンジの再オープンはここまで成功しなかったです」
私は胸がじいんとしてしまい、表情を保つので精いっぱいになる。
その後もスタッフたちとしばらく会話をして、二箭目のお茶を淹れてもらう。
この茶葉は一箭目は香りを楽しみ、二箭目から味を楽しむ種類だった。
吉岡とふたり、ゆっくりと味わわせてもらう。
「ああ、おいしい」
「ですねえ。しかし、さすがは社長の人望です」
吉岡がテーブルの上に置いた花束に目をやり微笑む。「よして」と軽く目を逸らし、茶器を両手できゅっと握った。
「……あの」
「なあに、吉岡」
「み、見間違いだったら申し訳ないのですが、社長……涙ぐんでらっしゃいます?」
「そんなことないわ」
言いながらも目頭が熱いのは自覚している。
最近、宗之さんのことで胸が切なく痛むことが多かった。
私って彼にとってどんな存在なのだろうと、自分から始めた契約のくせに考えてしまって。
私は誰からも必要とされてないんじゃないかって。
でも、と私は花束を見る。
こうして仕事で頑張ってきたことが評価されて、誰かから認められて。
それでいいじゃない。
私には仕事があるの。
頼もしい部下たちと、私を必要としてくれるお客様たちと。
吉岡がからかうように私の顔を覗き込む。
「うわあ、明日槍でもふるのではないですか。社長が泣くだなんて……」
「もう、やめなさい」
つい頬を上げた私の目の前で、吉岡の顔が悲痛に染まる。
「あっ」